拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。    <夫と死別したemiのブログ>

3月32日 ~あの日まで~

2014年8月8日、彼がこの世を去った。

彼とは、私の夫であり、あの子━━━彼との間に生まれた息子の父親だ。

 

彼は、突然に心臓を患った。

 

救急車で運ばれた日は、医師から今夜が峠だと告げられたけれど、そこから皆が驚くほどに回復し、ICUから一般病棟に移ることが出来た。

 

あの頃の医師からの説明では、もう、彼の体が完全に元に戻ることはないということだった。

一生、薬を飲み続けなくてはならず、体力を基本としていた仕事も続けることは出来ないと。

あの時、私は、不思議と落胆した気持ちは一切なく、

風邪ですね。ゆっくり休めばすぐによくなりますよ。

という説明でも聞いているかのように、分かりましたと返事を返した。

 

一生、薬を飲み続けなければならないのであれば、絶対に飲み忘れが無いように、薬入れを準備した方がいいだろうか。

彼が仕事を退職するのであれば、私がもっと働けばいい。

彼はこれまで、充分に働いてくれた。これからは、ゆっくり過ごしてくれればいい。

 

働き盛りと言われる年齢の彼だけれど、なにも人と同じでなくたっていいではないか。

私たち家族3人だけの形を作っていけばいいのだと、落胆するどころか、私は意気込んでいた。

 

一般病棟へ移ると、ゆっくりと彼の側にいることが出来た。

仕事帰りに病室へ顔を出すと、大抵、夕飯の時間だった。

彼のメニューには、必ずトマトジュースが出されていた。

それは、どうやら、彼の病気と関係があるらしかった。

 

私は、彼に出された食事を毎回、注意深く観察しながら、彼が退院し、落ち着いたら、栄養に関する勉強を始めようと決めていた。

 

私にとって、どんな生活スタイルへと変化しようとも、家族3人で過ごせることに変わりはなかった。

私は、彼がここからいなくなる以外の全てを喜んで受け入れようとしていたんだ。

 

『今夜が峠』そう告げられた日から回復し、一般病棟へ移れるまでになったんだ。

彼は強い。だから大丈夫。

ずっと一緒にいられると強く信じていた。

 

一般病棟へ移り、1週間程で、一時帰宅の予定を立てられる程になった。

 

一時帰宅の日程が決まった時の、彼の嬉しそうな顔は、今でもよく覚えている。

「何時に迎えに来れる?」

ベッドの上の、彼の嬉しそうな顔を見ながら、私は、彼と一緒に、どんな時間を過ごそうか。食事は何にしようかと、やはり、彼と同じように、心が躍るような思いで、彼と一緒に家で過ごす時間を思い描いていたんだ。

 


一時帰宅の前日は、検査手術の予定が入っていた。

「手術とは言っても、難しいものではありません。翌日の一時帰宅は、予定通りで大丈夫ですよ。」

医師からの説明に安堵し、私は、一時帰宅の予定で頭がいっぱいになっていた。

彼が帰って来れる━━━。

それが、取り敢えずの一泊であったとしても、私は、嬉しくて仕方がなかった。

遠足を楽しみにしている子供の頃に戻ったように、彼が帰って来る日を、指折り数えて、楽しみにしていたんだ。

 

それなのに━━━検査手術中、彼は容体が急変し、そこから、彼の意識が戻ることはなかった。

 

あの日、私は天国から地獄の底へと突き落とされた。

 

日に日に、彼のベッドの周りに増える機械と、目を閉じたままの彼の顔を交互に見つめながら、何の根拠も見つけられないまま、ただ、祈るしかなかった。

彼は、強い。だから、絶対に大丈夫だと。

 

彼の容体が急変し、息を引き取るまでの8日間。私は、祈り続けながら、何の覚悟も決めることは出来なかった。

医師からの、

「今の医療ではここまでしか━━━」

そんな言葉さえ、私の耳を素通りした。

何も聞きたくない━━━。

私は、無意識に耳を塞いだ。

 

そうして、あの年━━━2014年8月8日。

彼の瞳に私が映ることも、この手を握り返してくれることも二度とないまま、彼は息を引き取った。

病気であることが分かってから、この世を去るまで、たったの3週間しかなかった。

 

優しく微笑んでいるように見えた彼の最期の顔に、泣きながら、

「分かったよ。」

私は、そう声を掛けた。

 

あの日、どうしてそんな言葉が口から出たのか、今でもよく分からないが けれど、彼のその安らかな顔に、私は、初めて、決心をすることが出来たのかも知れない。

現実を受け入れ、彼をこの夏に置いていく決心を━━━。

 

彼の最期の顔は、今でも忘れない。

私はあの日、確かに彼に背中を押されたんだと思う。

大丈夫。お前ならきっと大丈夫だ━━━と。

それは、最期に込められた彼の『想い』だったのかも知れない。

 

あの頃、あの子はまだ、幼さの残る中学1年生だった。

つい4ヶ月前、あの子が中学校の制服に身を包んだ日、彼は言った。

「大きくなったな。」と。とても嬉しそうに。

彼は、あの子の成長を何よりも楽しみにしていた。

 

彼とあの子と私の3人家族。

それが我が家の、幸せの形だった。

当たり前に続くと信じていた私たちの幸せの形は、あまりにも突然に、この手の中から、こぼれ落ちていったんだ。