拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。

3月32日 ~菜の花が咲く公園~

ここへ3人で来るのは、何年振りだろうか。

いつか、彼とあの子が転がって遊んだ芝の坂の上に3人並んで座ると、ジュースを飲みながら、少し、休憩することにした。

 

最後に3人でここへ来た時、彼もあの子も芝だらけになりながら、この坂を転がっては、笑っていたんだ。

そんな2人に釣られるように笑いながら、私は2人の写真を撮ったんだった。

 

菜の花は満開に咲き、目の前に広がる色鮮やかな黄色の世界に暫くの間、見惚れながら、あの頃のことを思い出していた。

ここは、とても静かな公園。

日曜日であるにも関わらず、私たち以外は誰もいない。

相変わらず、とても静かだった。

 

「かくれんぼしようよ。」

突然思いついた私の誘いに、彼らは、いいねと賛成してくれた。

これまで、家族3人で、公園で遊ぶことはたくさんあったけれど、かくれんぼをするのは、初めてだ。

ワクワクしながら、坂を降りて、ジャンケンをすると、あの子が鬼になった。

 

あの子が数を数え始め、彼と私は、走って隠れ場所を探した。

木の陰、看板の裏━━━。

他にも隠れられそうな場所はあったけれど、私は、菜の花畑をグルッと回って、あの子から見て、畑の一番後ろ側にしゃがんで身を隠した。

 

彼もここに隠れようと考えていたらしく、私のすぐ隣に、しゃがみ、菜の花の間から微かに見えるあの子の姿を確認していた。

そうして、彼は笑いを堪える私の腕を強く引っ張り、

「もっとこっちおいで。」

そう言って、突然に、私を強く抱きしめた。

 

彼は、時々、こうだった。

あの子から見えないところで、

時々、こんなふうに、ギュッて私を抱きしめるんだ。

 

暖かな風に乗った春の匂いに混ざって、彼の匂いがした。

彼に身を預けながら、私は、少しの間、目を閉じた。

私は、今、本当に幸せだ。

 

「このまま、時間が止まっちゃえばいいのに。」

思わず、小さな声でそう呟いた私の耳元で、彼は微かに笑いながら言った。

「何言ってるの。時間が止まったら、前に進めないよ。」

そうして、より一層、強く私を抱き締めると、更に彼は言った。

「でも、もしも永遠にこのままでいられるなら、俺だって━━━。」

 

「見つけた!」

突然のあの子の声に、遮られ、彼の言葉はそれ以上、続けられることはなかった。

 

「あれ?なんか俺、邪魔しちゃった?」

なんて、茶化すあの子に、

「邪魔じゃないよ。お前もこっち来い。」

そう言って、彼はあの子を引っ張り、3人で抱き合うような格好になってしまった私たちは、なんだかとても可笑しくて、そのまま、3人で抱き合いながら、たくさん笑った。

 

目の前に広がる菜の花畑は、より一層、色鮮やかに見えた気がした。

これは、あの頃から何も変わらない、私たち3人の、家族の形だ。

 

再び、坂の上に戻った私たちは、彼を真ん中に、あの子も私も、彼の膝に頭を乗せて、空を見ていた。

ただ、こうしている時間が、とても愛おしい。

遠くの空が、薄いピンク色に染まっていく━━━。

 

「寒くなって来たな。そろそろ帰ろうか。」

私の髪を優しく撫でながら、彼は言った。

そうか。前から楽しみにしていた━━━らしい、今日が終わっちゃうんだ。

今の私には、幼い子供が、まだ帰りたくないと駄々を捏ねる気持ちがよく分かる。

泣き出したい気持ちを抑えながら、ノロノロと起き上がった。

 

「今日は、楽しかった?」

彼は突然、私を擽りながらそう聞いてきた。

彼には、なんでもお見通しだ。

私の元気がない時、落ち込んだ時。

私が笑わない時に、彼は必ずこうして、私を擽ぐるんだ。

 

体をよじって、笑いながら、楽しかったと答えた私の声に満足そうな顔をした彼は、今日の夕飯のリクエストをした。

 

「今日は、俺、豚汁がいいなぁ。材料揃わなくてもいいからさ。あと、ナポリタンが食べたい。それで、デザートは杏仁豆腐を作ってほしいな。」

「え?豚汁とナポリタンって、変じゃない?」

そんな私の言葉に、彼は、今日だけは俺の我儘を聞いてほしいと言う。

あれ━━━?

私は、ほんの少しだけ、胸の中に仕えが出来たような、

小さな違和感を覚えながらも、それに気付かない振りをした。