拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。

3月32日 ~幸せの種~

食事を終えると、彼は、今日買ってきたプランターをテーブルの上に置いた。

3人で、種を植えようと言う。

彼がポケットから取り出した種は、見たこともない不思議な種だった。

 

大きさは、Lサイズのたまごより、ひと回りかふた回り大きく、雫型をしている。

七色にキラキラと光る種だ。

手に持ってみると、想像以上に重さがある。

初めて見た大きな種に、あの子も私も、興奮しながら、これはなんだと騒いだ。

 

「これはね、幸せの種だよ。どんな花が咲くかは、まだ、分からない。

━━━分からないと言うよりは、それぞれ見える花が違うって言った方がいいかな。

花が咲く時期も、咲く花も、全部、見る人によって違う。」

彼の説明がよく分からず、あの子と2人、無言でその種を見つめた。

 

彼の言葉は、続いた。

「目標を持って、しっかりと生きてほしい。

頑張って生きれば、この種の芽が出てくる。

そして、夢が叶った時が、この花が咲く時。同じ花なんてひとつもない。

それは、同じ人生を生きる人間がひとりもいないのと同じ。

お前たちなら、絶対に、びっくりするくらい、綺麗な花を咲かせることが出来るはずだ。

例え苦しいことがあっても、絶対に大丈夫。

どんな時でも、俺が側にいるから。それだけは、絶対に忘れないで。

どんな綺麗な花が咲いたか、いつか俺にも話して聞かせてくれる日を楽しみにしてるよ。

━━━当たり前なんてものは、この世に存在しないんだ。

これから、何がしたい?どう生きたい?

全力で、やりたいことに挑戦してほしい。

自分の人生が、突然、終わってしまったとしても、

いい人生だったと胸を張って言えるように生きてほしい。」

いつもはクールな彼が、熱く語る。

 

そうして、彼はいつの間にか手に持っていた、瓶に詰められた透明な砂のようなものをプランターの中に入れた。

 

「これは、涙の砂だよ。この4年と8カ月分のお前たち2人の涙。

涙には、強さに変わる栄養分が入っているんだよ。

この涙の砂は、種が立派に育つための手助けをしてくれる。

人は泣いたぶんだけ、強くなれるんだよ。」

 

プランターの中に、透明な砂を入れ終えると、幸せの種を3分の2ほど埋めて、固定した。

この幸せの種に必要なのは、水や日光ではないと言う。

必要なのは、笑顔と目標に向かって頑張ることだと彼は教えてくれた。

 

不思議だけれど、あの子も私も、彼の説明に、なんの疑問も持つことはなく、ただ、彼の言葉を反芻しながら、七色に光る種を見つめた。

 

「そろそろ寝ようか。」

彼の言葉に、あの子と2人、小さな子供みたいに、まだ起きていたいと駄々を捏ねた。

「明日、学校。明日、仕事、でしょ?朝、起きられないぞ!」

あの子と私、それぞれに彼は指を指しながら、困った顔で笑った。

そう。明日からまた、仕事だ。

そして、春休み中のあの子も、明日は学校へ行く日だ。

 

特別な日曜日、とても楽しかった。

だからまだ、眠りたくない━━━。

眠らなければ、永遠に今日にいられるんじゃないかって、そんな気がしたんだ。