拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。

ガラスの向こう側

あなたへ

 

あら?

その道を入った奥のお宅のお嬢さんよね?

 

突然、そんなふうに声を掛けられたのは、

まだ幼かったあの子の手を引いて、

実家近くの小道を歩いていた時のことでした。

 

え?あ、そうです

 

突然の声に驚きながら、立ち止まると、初めて見る年配の女性は、

お母さんになったのね と、微笑みました。

 

実家の近くにある小さな公園の向かい側。

ガラス張りの建物で、仕立て屋さんを営んでいるのが、

その女性だということを、あの日、初めて知ったのでした。

 

毎日、この道を通って、元気に学校へ通っていたわね

 

女性のそんな言葉に、

いつも、何気なく素通りしていたガラスの向こう側、

手仕事をしながら、

長い間、見守ってくれていた人がいたことを、初めて知りました。

 

あの日、たまたま外にいたあの女性に声を掛けられなければ、

何も知らずに、子供の頃と同じように、

あの道を素通りした私は、

その温かさに触れることはなかったのでしょう。

 

きっと、あの道を通る子供達、皆のことを、

毎日、黙って見守ってくれていたあの女性は、

あの日、私の心の奥へ、

静かな温かさを届けてくれたんでした。

 

先日、何気なく、あの子に、

あの女性との出来事を話すと、

 

あそこの仕立て屋さんでしょ?

そのお店、俺も知ってるよ

 

そんな話をしてくれたあの子。

 

あの時の女性は、今も、手仕事をしながら、

元気にしていらっしゃるそうです。

 

きっと、あの頃と同じように、ひっそりと、

ガラスの向こう側から、

静かに、子供達を見守り続けているのでしょう。

 

あの女性から声を掛けられた日、

仕事から帰ったあなたに、あの出来事を話したこと、

あなたは覚えているでしょうか。

 

あの時のあなたが、ひっそりと微笑みながら、

私の話を聞いてくれたこと、今でも、よく覚えています。

 

今、改めて、あの日のことを思い返しながら、

いつか、私もあんなふうに、

素敵な女性になれたらいいなと思いました。

 

きっと、誰もが、静かな温かさを持った人たちに囲まれていて、

何気ない日々の生活を送っているのでしょう。

 

私はこれまでに、

どのくらいの、そんな温かさに気付くことが出来たでしょうか。

 

見ようとしなければ、見えない素敵なもの。

 

周りに溢れた温かさを見逃さないように、生きていくことが出来たら、

私もいつか、

あの女性のような素敵な人に、近づくことが出来るのかも知れませんね。

 

あの出来事は、今から、15年程、前の出来事でした。

 

この年齢になって改めて、

どんな人間でありたいのかを考えた時に、

あの女性のことを思い出しました。

 

あの日、ガラスの向こう側で、

いつも見守ってくれていた、名前も知らない素敵な女性は、

私に、大切なことを教えてくれた気がします。