拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。

運転免許証

あなたへ

 

俺の心臓、もう、元には戻らないみたい

検査の結果によっては、心臓に機械を入れるんだって

その時は、運転免許証が取り消しになるから、

俺はもう、運転することが出来ないんだって

 

こんな話を聞いたのは、あなたが一般病棟へ移ることが出来てから、

少しの時間が経った頃のことでした。

 

あなたが入院していた2階の部屋から、

1階にあるコンビニまで行くことが、

唯一、あの頃の私たちのお出掛けの時間。

 

あの日も、いつも通り、コンビニまで、ゆっくりと歩きながら、

あなたから、こんな話を聞いたのでした。

 

いつでも、色々な場所に連れて行ってくれたあなたを、

今度は私が、何処にでも連れて行ってあげよう

あなたが車の運転が出来なくなっても、

私が出来るのだからそれでいい

 

そんなふうに考えながらも、

あの時の私は、あなたの言葉に、ただ頷きながら、

私の気持ちを、上手く伝えることが出来ませんでした。

 

運転免許証がなくなるのは、

社会人としての資格がないって言われている気がする

 

そんなふうに言いながら落ち込んだあなたの気持ちを考えたら、

あの時の私の気持ちが、とても浅はかに思えて、

私はただ、落ち込んだあなたの側に、

寄り添うことしか出来ずにいました。

 

それまで、たくさんの免許を持ち、仕事をしてきたあなたにとって、

それは、どんなに辛いことだろう。

 

痛いほどに伝わってきたあなたの気持ちを、

どんな言葉で包んであげたらいいのか、分からずに、

あの時、何も伝えることが出来なくて、ごめんね。

 

もしも、あの頃の私たちが思い描いていた未来が此処にあったのなら、

恐らくは、あなたの心臓には機械が入り、

その命を生きることになったのでしょう。

 

退院しても、暫くの間のあなたは、

運転免許証がなくなってしまったことに、

落ち込んでいたのかも知れません。

 

それまでとは、何もかもが変わった生活に、

あなたは、困惑したかも知れないけれど、

いつでも忙しく、足早に去っていた1日1日が、

穏やかでゆっくりな時間であることに、きっと、気が付くことが出来たのでしょう。

 

それまでのあなたには見えなかった、すぐ側にある素敵なものたちは、

あなたにとって、すべてのものが、目新しく見えたのかも知れません。

 

そうして、少しずつ、元気を取り戻したあなたは、

あの日、病院の廊下で落ち込んだ、

あの頃のあなたの気持ちを忘れることが出来るくらいに、

きっと、楽しいことをたくさん見つけていたのだと思います。

 

あなたに何も伝えることが出来なかったあの頃のことを思い返しながら、

今の私は、そんなふうに思います。

 

だから、あの時、すぐに伝えれば良かった。

 

私がいるから、大丈夫だよって。

 

あなたの側に寄り添うばかりだったあの頃の私は、

その不安や苦しみを、ほんの少しだけでも、

取り除いてあげることが出来ていたのでしょうか。

 

何年経っても、ごめんねの気持ちが消えないまま、

答えの出ない答え探しを続ける私は、

いつか、答えに辿り着くことが、出来るのでしょうか。