拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。

コトバ -認める-

私は時々

この人生の中で 最も辛かった記憶へと引き戻される

 

彼の心拍数が下がっていることを知らせる音

 

目の前で蘇生される彼の姿

 

泣きながら彼の名前を叫ぶ自分の声

 

部屋から出され

間も無くに聞こえた電気ショックを施す音

 

まだ一緒にいたいよ

 

壁のこちら側で祈る時間は

永遠にも感じられるほどに長かった

 

彼の心拍数が一時安定し

再び温かな手を握り締めながら流した安堵の涙

 

もう何処にもいかないで

 

そんな願いは届かずに

あれから間もなく

彼は息を引き取った

 

私は何度

あの時間へと引き戻されるのだろう

 

あの頃の記憶を辿ると息が苦しくなる

 

それなのに

何度も

何度も

あの時間へと引き戻されてしまうのだ

 

記憶の中で あの辛い出来事を体験し

漸く此処へ戻った私の瞳に映るのは

色を失った灰色の世界だ

 

色を失った世界を

ただ見つめながら

私は不意に気付いてしまった

 

もう戻れない と

 

明るく

単純で

例え落ち込むような出来事があったとしても

一晩が明けてしまえば

いつも通りの元気を取り戻すことができたあの頃の私は

誰にも知られることなく

あの日

彼と一緒に死んだのだ

 

息が出来なくなるほどに

苦しい時間を過ごしておきながら

元の自分に戻れるはずなんてない

 

もう戻れないのだ

 

それに気付いた私は

ただ静かに受け入れた

 

私はもう 何も感じない

 

この5年間の自分を振り返り

納得し認めたのだ

 

私は一度 死んだのだ と

 

それでも

新しい明日を見てみたいと思えるのは何故だろう

 

きっと私は まだまだやれるよ

大丈夫

 

ここにもう

何もないことに気付くことが出来たのだから

積み上げることだって出来るんだよ

 

そう

初めから積み上げればいいだけさ

 

戻れない

 

それを認めることが出来た今

私は新たな出発地点に辿り着いたのだろうか