拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。

あなたの中に作ってしまった傷

あなたへ

 

万が一、私かこの子、

どちらか片方を選ばなければならなかった時には、

この子を助けてあげてね

 

これは、あの頃の私が、あなたに伝えた言葉。

 

最近、読んだ本がきっかけで、

あの子がまだ、お腹にいた頃のことを思い出していました。

 

インターネットが身近ではなかったあの頃の私は、

書籍や、出産を経験した先輩や友人の話を聞きながら、

出産は、命がけであるということを改めて確認し、

万が一のことを考えていたのでした。

 

赤ちゃんかお母さん、

どちらか片方の命を選択しなければならない可能性だって、

出てくることはあるでしょう。

 

あの頃の私は、

もしも、あなたが、

どちらか片方の命を選ばなければならない立場に立たされた時のことを、

考えていました。

 

私があなたの立場なら、選ぶことが出来ないように、

あなただって、きっと選べない。

 

だから、

それなら私の意思をあなたに伝えたいと、

そんなふうに考えての、あの頃の私の言葉でした。

 

私が、この世に生まれ、色々なものを見てきたように、

今度はこの子に、色々なものを見せてあげたい

 

これが、私が出した答えでした。

 

ひとりで、何日も考え、出した結論でしたが、

私の意思を伝えた時のあなたは、深刻な顔をするばかりで、

分かったとは、言ってはくれませんでしたね。

 

そうして、無事にあの子を出産し、

あの頃、あなたに伝えた言葉は、

私にとって、過去のものとなりました。

 

でも、

あなたにとっては違ったのだと気が付いたのは、

あの子が、小学5年生の頃のことでした。

 

俺には選べないって思ったよ

お前があんなこと言うからさ

 

時々、あの頃のことを思い出すと話してくれたあなたは、

今にも泣いてしまいそうな顔をしていました。

 

ごめんなさいね。

辛い思いをさせてしまいましたね。

 

あの頃の私は、

もしも、あなたが、

ひとつの命を選ばなければならない立場になってしまったのなら、

私の意思を、ただ尊重すればいい。

 

もしも、私がいなくなった後で、辛いことがあった時、

私の意思で、その今があるのだと考えてくれたら、

誰のことを責めることもなく、生きていけるのではないかと、

そんなふうに考えていたのでした。

 

それなのに、私は、あなたの中に、

大きな傷を作ってしまったのです。

 

あの時の私の気持ちを伝えることが、

間違えであったのか、正しかったのか。

 

今の私には、答えを出せなくなってしまったのは、

大切な人を失った人の気持ちを、

知ってしまったからなのでしょうか。

 

あの子が無事に生まれ、

分娩室の中で、生まれたての小さな命を見つめながら、

私たちは、幸せで、胸がいっぱいでしたね。

 

あの日、

出産後の痛みで、座ることが出来ずに、

用意されていた車椅子には乗らずに、

歩いて病室へと戻ることにした私でしたが、

出血が多量であったために、

分娩室から数歩出たところで、意識が遠のいたのでした。

 

あなたに体を支えられながら、

目の前が暗くなり、音が遠ざかる中、

私の名前を呼ぶ、あなたの声が聞こえました。

 

痛いほどに、私の体を支えれくれていたあなたは、

あの時、何を考えていたのだろう。

 

あの子が無事に生まれてきてくれたことが嬉しくて、

これまで、ただの一度も、

考えたことがなかったあの時の記憶を辿りながら、

私は、初めて、泣き出しそうな気持ちで、

あの日のあなたの気持ちを想いました。