拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。

紳士服専門店

あなたへ

 

紳士服専門店。

私にとって、縁遠いそこへ、初めて入ったのは、

あなたとの結婚が決まった頃のことでした。

 

スーツ買いに行きたいんだけれど、一緒に選んくれる?

 

そんなあなたの言葉に頷いて、

紳士服専門店に入ったのも、

誰かのスーツを選んだのも、

私にとって、あの日が初めてのことでした。

 

この色、いいね

ねぇ、試着してみて

 

生まれて初めて、好きな人のスーツを選んだこと。

とても楽しかった。

 

フィッティングルームから出て来た、見慣れないスーツ姿のあなたに、

私は、どんな顔をしていたのだろう。

 

惚れ直した?

 

そんなあなたの言葉に、照れもせずに、素直に頷いたこと、

今でも、良く覚えています。

 

だって、本当に、格好良かったもの。

 

何着かのスーツを試着し、店員さんとの談笑の中、

不意に、耳に届いたのは、奥様って言葉。

 

あの日が、私が生まれて初めて、

誰かから奥様と呼ばれた日でした。

 

お連れ様ではなく、奥様。

 

その言葉がくすぐったくて、嬉しくて、

思わず、あなたの顔を見れば、

あなたまで、嬉しそうな顔をして。

 

私が、初めて紳士服専門店へ入ったのは、あなたと一緒に。

そして、二度目は、また一歩、大人へと近づくあの子と一緒に。

 

先日、あの子のスーツを買いに行きました。

 

スーツに関する知識など、何もないままの私たちは、

ちょっぴり緊張してしまいましたが、

店員さんに良くして頂き、

無事にスーツを買うことが出来ました。

 

フィッティングルームから出てきた時のあの子の姿。

あなたにも見せてあげたかった。

 

スーツに身を包み、私の目の前に立ったあの子は、

これまでの私が知っている、どのあの子よりも、

大人の顔をしていました。

 

毎日一緒にいるけれど、改めて、あの子の成長を見つけたあの瞬間は、

大切な宝物として、胸の中へと、焼き付けました。

 

あの子のスーツ姿。

本当に格好良かったよ。

とてもよく似合っていた。

 

あなたが側にいてくれたのなら、

あの子の姿に、どんな顔で喜んだのだろう。

 

私にとって、縁遠い紳士服専門店。

この生涯の中で、

あと何度くらい、足を運ぶ機会があるでしょうか。

 

あまり多くの縁がない場所であるにも関わらず、

一度目は、初めて、奥様と呼ばれた、甘い思い出を。

二度目は、私が思っていたよりもずっと、

あの子が、大人へと近づいていることを教えてくれました。

 

私にとっての異世界とも呼べるその場所は、

特別な時間をくれる場所なのかも知れませんね。