拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。

あなたへ

 

あなたよりも、ひとつ年上だった私が歩んで来た道のりを、

思い返していました。

 

その年齢としての最後の日、

人生、山あり谷あり

なんて言葉がありながら、

私が歩んだのは、山ばかりで、谷などなかったと、

あの日の私は、そんなふうに、1年を振り返ったのでした。

 

1年間で超えて来た山々を眺めてみれば、

よく越えることが出来たものだと、

思わず、自負してしまうような、とても高い山もありました。

それは、自らが選んで挑戦した山でした。

 

あの頃の私は、

険しいけれど、慎重に、そして、順調に歩んでいたはずでした。

 

それなのに、突如、乗り越えたい山の上に、

どうしても乗り越えなければならない、大きな岩が現れたのです。

いえ。大きな岩が降って来た、と言った方が良いのかも知れません。

あれは、頂上付近まで、漸く近づくことが出来た時のことでした。

 

何故このタイミングで?って、

盛大に、大きなため息を吐きながら、

一旦、山を降りるのか、

それとも、そのまま岩を越えて進むのか。

迷いながらも、

あの時の私は、より険しいことを知りながら、

大きな岩が立ち塞がるままの山を超えることを、選択したのでした。

 

思い返してみれば、

あの山は、その1年の中で、

1番、険しく、高い山でしたが、

頂上へ辿り着くことが出来た私には、

それまでとは違った景色を見ることが出来たのでした。

 

あなたと同じ年齢の私、

あなたよりも、ひとつ、年下の私と、

私が歩んで来たこれまでの道を振り返ってみれば、

年齢がひとつ増えるごとに、

超える山も、より険しくなるのかも知れないと、

ふと、そんなふうに感じました。

 

人生は、きっと山ばかり。

谷なんて、どこにあるのだろう。

それが人生というものなのかも知れません。

 

もしかしたら、目の前に立ちはだかる山を超えなくとも、

探してみれば、楽なコースがみつかるのかも知れません。

 

でも、考えてしまうのです。

もしも、年齢と共に、少しずつ、高くなっていく山に遭遇するのだとして、

ずっと先の未来に、

ここよりも、ずっと高い山の上から景色を眺めてみたいと思うのなら、

年々、少しずつ、高くなる山に挑戦し続けなければ、

目標とする高い山の麓にさえ、

辿り着くことが出来ないのかも知れないなって。

 

それなら、

私は、山を登っていたい。

 

時々には、泣き言を言ってしまう日もあるのでしょう。

それでも、私はきっと、険しいと知りながらも、

自らが山へ登ることを選び続けてしまうのだと思います。

 

だって、私には、どうしても、見たい景色があるの。

そこにはきっとね、

あなたにも見せたい景色が待っていてくれるはずなの。

 

あなたよりも、ふたつ年上になった私に、

これから待っているのは、

きっと、昨年よりも、もう少しだけ高い山なのでしょう。

 

そして、これまでよりも、少しだけ高い山に、

自らが選び、挑戦することも出来るのでしょう。

 

超えなければならない山と、

超えたい山。

 

人生には、きっと、この2種の山がありながら、

時には、自らが望んで挑戦した山の中に、

超えなければならない別な障害に出食わすこともあるのでしょう。

 

時々には、泣き言を言いながらも、頂上を目指し、

これまでに見たことのなかった景色を一望しながら、

休む間も無く、次の山へと挑戦し、

この1年が終わる頃には、

きっと私はまた、苦笑いでもしながら、あなたに報告するのでしょう。

またここにも、谷などなかったよ と。

 

そうして、ずっと、ずっと、先の未来。

 

もしも、私が、

今よりも、ずっと高く険しい山の頂上にたどり着くことが出来たのなら、

そこから、これまでの私が歩んで来た道のりを眺めながら、漸く、

この人生にも、谷があったのだと思えるのかも知れません。

 

私は、そこで漸く、

あなたに報告することが出来るのでしょう。

私、頑張ったよって。

 

あなたにも、見せたい景色を眺めながら。

 

 

 

 

 

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