拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。    <夫と死別したemiのブログ>

あなたの願いが叶いました【14】

 

「あのね、あのね・・・」

 

ここに来る前に、ちゃんと考えて来たんだ。

彼に伝えたいこと。

どんな時間を過ごしたいのか。

それなのに、彼を目の前にした私は、何一つ言葉になど出来なかった。

 

想いを全部伝えたいのに、

それを伝えるだけの言葉など、初めから存在しなかったかのように、

言葉はひとつも出てこなかった。

 

あのね。

そればかりを繰り返してしまう私に、彼は、うんうんと頷く。

「分かってる。全部、分かってるよ。大丈夫。」

そう言って、彼は、私を強く抱き締めてくれた。

 

私たちには、初めから、言葉など、必要なかったのかも知れない。

ただこうして、想い合うこと。

それだけできっと、気持ち伝えられる。

 

その時を悟ったかのように、

彼が少しだけ、私から体を離したところで、

私の首にかけたペンダントが光り出した。

 

8分間。

約束の時間は、彼と私を、また離れ離れにしようとしている。

 

それでも、私は、約束を守らねばならない。

 

「行こうか。」

彼は私に優しく微笑むと、私の手を取り、歩き出した。

堪え切れない涙は、後から後から溢れ落ちる。

 

大きな扉までの数十歩。

なんの言葉も出ないまま、遂に、あの大きな扉まで来てしまった。

 

最後に、彼の手を強く握り締めれば、

彼も、優しく握り返してくれた。

そうして、再び、彼の手を離さなければならなくなった。

 

大きな扉が開き、私を扉の向こう側へと送り出そうとする。

 

隣に並んだ彼を見つめ、名前を呼ぶと、

彼は微笑み、優しく私の髪を撫でてくれた。

そうして、少しずつ下へと下がっていったその手は、そっと私の背中を押した。

扉の向こう側へと。 

 

急いで振り返ると、

大きな扉が、ゆっくりと閉まっていく。

 

「笑って?」

 

彼は最後にそう言って、私に笑いかけた。

だから、必死で涙を拭って、私も、彼に笑顔を向けた。

 

大きな扉は、ゆっくりと閉じられ、やがて、バタンと大きな音が聞こえた。

 

大きな扉の向こう側と、こちら側。

これが、生と死を分ける境だ。