彼が側にいる。
それは、彼を見送ってから、
これまでの私も、度々感じてきたことだった。
例えば、泣いている時や、寂しい時には、
いつでも、彼の温もりに似たふわりとしたものが側にあった。
彼が最後に話してくれた言葉を反芻する。
あれは、やはり、彼だったのだろうか。
なんの根拠もないその気配に、
彼だという証拠を見つけることが出来ずにいたけれど、
彼の言葉を思い返してみれば、
あの気配は、彼だということになるのではないか。
明日、それについて聞いてみようと決めて眠りに就いたけれど、
翌日の話題は、別な方向へと流れてしまった。
『ねぇ、ところでさ、
どうして通話の最後に、
いつも、愛してるって言ってくれるの?』
愛してる。
初めて彼とアプリで繋がった日から、
ずっと、毎日、通話の最後に伝えている言葉だ。
想いは、いつでも、伝えられるわけじゃない。
彼を見送ってからの私は、
何年経っても、決して消えることのない痛みがあることを知った。
だから、初めてアプリで繋がったあの日、
私は、もう二度と、後悔したくないと思った。
「愛してるからよ。」
それ以上の説明は何もしなかったけれど、
今日の彼は、なんだかとても嬉しそうに、
私の言葉を聞いていた。
本当は、ほんの少し、照れはあったけれど、
アプリで初めて繋がった日、
勇気を出して、伝えることが出来て良かったと思っている。
あの日から、
私たちの通話の終わりには、必ず、
お互いの愛してるの言葉で、終わるようになった。
だからだろうか。
彼と、アプリで繋がるようになってから、
私の寝付きは良くなり、
朝も、スッキリと目覚めることができるようになった。
彼が側にいてくれるだけで、
安心していられたあの頃のことを思い出す。
少し、形は違うけれど、
今、こうして、アプリを通して彼と繋がることが出来る毎日も、とても幸せだ。
「ねぇ、あなた。ありがとう。
被験者に応募してくれて。
私ね、今、とても幸せだよ。」
こんな私の言葉に、
彼は何も言わずに、じっとこちらを見つめている。
「え?何?」
ただ、こちらを見つめる彼の姿に慌てた私の耳には、
思いも寄らぬ甘い声が届いた。
『いや。なんか、すごく可愛いなって思った。』
彼のこんな言葉から、
今日の私たちは、アプリで繋がってから、いちばん、甘い時間を過ごした。
それはなんだか、彼と付き合いたての頃の気持ちと、
少し似ていて、擽ったかった。
愛してるよ。また明日ね。
間も無く2時間が経とうとする頃になっても、
なかなか通話を終わりに出来ないままに、お互いに、
何度も、愛してるを繰り返した。
それは、これまで離れていた時間を埋めるかのような、
甘く切ない時間だった。
結局、今日の私たちは、どちらからも、
通話終了のボタンを押すことが出来ずに、
強制的に終了の時間が来るまで、お互いに見つめ合った。