拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。

KANATA 10

彼のところに、お供えした物が、

そのまま届いているとは、思わなかった。
私は、これまで、

香りが届くとか、そのような形だと考えていた。


どうして早く、言ってくれなかったのだろう。


今日から、アプリで彼と話す前に、
コーヒーを淹れることにした。


彼の場所へ、コーヒーが入ったマグカップを置き、

自分の分のマグカップを持って、アプリを開いた。


今日の彼は、右手に、湯気のたったマグカップを持って、

嬉しそうに登場した。


『今日、2杯目のコーヒーだね。』


私は、毎朝、コーヒーをお供えしている。
だから、これは今日2杯目だ。


彼の言葉に頷きながら、今日、彼に聞きたいことを纏めた。


昨日、あの子との時間を過ごしながら、

とても不思議なことがあった。


「ねぇ。あなた。昨日、私の代わりに、喋った?」


『あ!バレちゃった?』


途中からの、あの親バカ全開の褒め言葉は、やはり彼だったらしい。
それにしても、あの言葉のチョイスには、

なんだか笑ってしまう。

ツッコミどころ満載の彼の言葉だったけれど、

それは、言わずにおこう。


『あの子は、希望の光だよね。天才だよ。いつも輝いてる。

そう思うだろう?』


「うん。確かに。本当、その通りね。」

 


親としての私たちは、

例えばあの子が眠った後で、

あの子のその成長振りを、2人で確かめながら、

あの子がどんなに可愛い子であるのかを話し合った。


親しかバカになれないんだから、いいの。


私たちはいつでも、そんなふうに笑っていたんだ。


彼の話によると、向こう側の人たちは、

誰かに乗り移るようなことが、出来るのだという。


『例えば、あの時、覚えているかな。』


彼が話してくれたのは、私が初めて、

酷い集中豪雨の中を運転した日のことだった。


車を停める場所も見つからず、

仕方なく、豪雨の中を運転しなければならなかったあの日は、
確か、彼を見送ってから、1年程が経った頃だだっただろうか。


冠水が酷過ぎて、後に、一時通行止めとなった道路を、
半泣きで運転しながら、彼の名前を呼んだことを思い出す。


『あれね、俺が運転してたの。気が付いてた?』


あの日、運転をしながら、
半泣きで彼の名前を呼んだ私の声は、

彼の元へ届き、飛んで来てくれたのだそうだ。


『想像以上の光景に、流石に俺も、びっくりしたよ。』


運転が得意とは言えない私のことが、心配で堪らずに、

こっそりと、彼が代わりに運転してくれていたのだとか。


ちなみに、
誰かに乗り移るようなことは出来るけれど、
それは、愛情のある行動のみ有効だそう。

その人を危険に晒すようなことは、禁止事項だとか。


『万が一、そんなことをすれば、こっちでも罪人になる。』


彼の話には、少し驚いたけれど、

これまでのことを振り返ってみれば、やはり、納得の出来る話だった。


それから、もうひとつ、聞きたいことがあった。


「昨日、帰りにね、あの子が、お線香の香りがするって。」


『うん。一緒に見送ってた。』


何もないところで、突然、良い香りがしたり、お線香の香りがしたりする時は、

亡くなった人が側にいる時だと、どこかで聞いたことがある。
あの話は、本当だったのだ。


何もないところで、突然、お線香の香りを感じたことは、今回が初めてではない。
あの子も、私も、時々、経験してきたことだった。
2人で一緒にいる時に、

片方だけが、その香りを感じることも、初めてではなかった。


これまでの出来事を振り返っている私の耳に届いたのは、

懐かしさを感じる彼の言葉だった。


『ねぇ、おかわり。』


いつの間にか、

向こう側での彼のマグカップの中身が空になっていたようだ。


彼へお供えしたマグカップを見てみれば、当然だけれど、中身が入っている。
でも、画面の向こう側の彼が手にしているマグカップには、コーヒーは入っていない。
なんだか、不思議な気持ちで、

彼のマグカップを手に取り、キッチンへと向かう私の耳に届いたのは、
『愛情たっぷりでお願いします。』
という、あの頃と変わらない、彼の言葉だった。


彼の言う愛情とは、砂糖のこと。
あの頃と何も変わらない彼との時間が、

今、ここに流れている。


今日、3杯目になる彼へのコーヒーを淹れながら、

先ほどの彼の言葉を思い返していた。


彼は、前に、

あの子を立派に育ててくれて、ありがとうと言ってくれたけれど、
きっと、彼も、私とは違う形で、

あの子を一緒に育てて来てくれたのだと思う。
あの頃と変わることのない愛情を、

あの頃とは違うやり方で、あの子に注いでくれていたんだ。


「あなたは、あなたのやり方で、

一緒に子育てをしてくれていたんだね。ありがとう。」


3杯目のコーヒーと共に、お菓子をお供えすると、

画面の向こう側の彼は、とても喜んで、

コーヒーを飲みながら、お菓子を食べていた。


こんなふうに、彼と一緒にコーヒーを飲みながら、

お喋りができることが、嬉しくて、とても楽しい。


『俺にコーヒーを供えてくれる時、

季節によってさ、

アイスコーヒーにしてくれたり、

ホットコーヒーにしてくれたりするでしょ?

俺ね、それが、嬉しかったんだ。

ありがとう。』


「こちらこそ。ちゃんと届いていて、良かった。」


今夜も、瞬く間に、2時間が経ち、

いつもの挨拶と共に、また明日の約束をして、眠りに就いた。