拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。

KANATA 26

暖かな春を過ぎ、
初夏の陽気を感じさせながら、
やがてやって来るのは、梅雨の季節。


今年の梅雨は、雨が多い。


梅雨に入ってからからの私は、キッチンに立つ時間が増えた。


私は、料理が苦手だ。
にも関わらず、ここ最近の私が、料理に精を出すようになったのは、
彼が、色々なものをリクエストをしてくれるからだった。


「こっちでは、梅雨に入ったのよ。毎日、雨が降っているの。」


先日、彼に、最近のこちらの天気の話をすると、何故だか、
じゃぁ、料理をしたら?と、提案された。
雨続きの毎日に、暇を持て余していると思われたのだろうか。


「あぁ、うん。そうね。料理ね。」
なんて、生返事をする私に、彼は言ったのだ。


『明日から一緒に、晩ご飯を食べよう。』


料理は、苦手だけれど、
彼が一緒に食べてくれると言うのなら話は違う。
だって、私は、あの喜びを知ってしまったのだから。


料理が苦手な私が、少しずつ、料理の幅を広げていったのは、
皮肉なことに、彼が亡くなってからだった。


中学生だったあの子の部活動が本格的に始まり、
小学生の頃のように、明るい時間帯に帰宅する日がなくなっていったことに伴い、
私は、ほんの少しずつ、新しい料理を覚えるようになっていった。


それは、私の自由になる時間が、
少しずつ、増えていったからなのかも知れない。


そうして、私が、格段に料理の腕を上げることが出来たのは、
あの子が高校生に上がった頃からだった。
あの頃の私は、毎日のお弁当作りに試行錯誤しながら、
必死でレパートリーを増やしていた。


この人生の中で、あの3年間が、
一番、料理のレパートリーを増やした時間だったと思う。


初めて作ったものを、あの子はまず、褒めてくれた。
そうして、いつでも、喜んで食べてくれた。


そんなあの子の姿を見るのが、とても嬉しくて、
私は、更に、料理を頑張るようになった。


男の子は、年頃になると、本当によく食べる。
作り過ぎたかも知れないと考える量の食事を出しても、
ペロリと平らげるのだ。


私が作った食事を、
喜んで、豪快に食べてくれるあの子の姿を見るのが、
いつの間にか、私の喜びへと変わっていた。


あの子は、私を変える天才なのだと思う。


やがて、あの子が、ここから巣立ち、
あの頃のように、料理をする機会もなくなってしまった。


自分だけのためだけに、わざわざ手間を掛けるのは面倒だ。
そんなふうに考えてしまう私は、
料理は苦手、
ではなく、本当は、料理が嫌いなのかも知れない。


彼の、晩ご飯を一緒に食べようという言葉は、
私の中に、あの喜びを鮮明に蘇らせたのだ。


今日は、彼からのリクエストで、
レンコンを使った料理を準備した。


それから、余った材料で作ったのは、レンコンチップス。
これは、おかずとは呼べないかも知れないけれど、
レンコン好きな彼なら、絶対に、喜ぶ一品になるはずだ。


『おぉ!レンコンチップスだ。』


案の定、画面の向こう側で、
彼が一番初めに手をつけたのは、レンコンチップスだった。


彼が喜んでいる。
非常に、喜んで食べている。


そう。これこそが、
私にとって、ちょっと面倒だと考えてしまう時間を、
喜びに変えてくれる瞬間なのだ。


彼の喜ぶ顔を、思わず、じっと見つめてしまう。


でも、彼の喜ぶ顔を見つめながら、思い出してしまったのは、
あの頃の私の、たくさんの後悔の気持ちだった。


もっと早くに、色々な料理に挑戦していれば、
あの子の隣には、彼の喜ぶ顔があったはずなのに。


新しい料理を覚える度に、

私の胸の奥には、いつでも、小さな痛みが伴った。


「ごめんね。」


『え?なにが?』


「私ね、もっと早くに、色々な料理に挑戦すれば良かったって、
ずっと、後悔してたの。
そうしたら、あなたが喜ぶと顔を、たくさん見ることが出来たはずなにのって。
それなのに、私・・・」


『そんなことないよ。
いつも、俺のところにも、必ず、置いてくれただろ?
これ、初めて作ったのって。
ちゃんと、俺に届いてたよ。こんなふうに。』


そう言って、彼は、
向こう側へ届いたレンコンチップスを見せてくれた。


『初めて、レンコンチップスを作ったのは、

俺がこっちに来てから、そんなに経たない頃だったね。
あの子が中学生の頃だったかな。
2人で楽しそうに、キッチンに立っていたの、俺、知ってるよ。
あの時も、こんなふうに、俺にもお供えしてくれたね。
人間は、昨日より今日。
それを積み重ねてきた姿を、俺はちゃんと知ってるから。』


なんだか、泣きそうだ。


そう。彼の言う通り。
私が、初めてレンコンチップスを初めて作ったのは、
あの子が中学生の頃だった。


あの日も、レンコンを使った料理をしながら、
余ったレンコンを使って、思いつきで、チップスにしてみた。


それは、丁度、あの子が学校から、帰って来る時間。


まだ私よりも背が低かったあの子が、
レンコンを揚げる私に纏わりついて、
揚げたてのレンコンチップスに手を伸ばしては、
つまみ食いが、永遠に止まらないものだから、
なんだか、可笑しくて、あの子と一緒に笑ったんだ。


そうして、あの子に全部、食べられてしまう前に、
彼の分を急いで確保して、お供えしたんだった。


『あの時、こうすれば良かったとか、そんなふうに考えるなよ。
俺の中には、あの時、こんなことをして貰ったなって、
そんな思い出が、いっぱいあるんだよ。
さぁ、ご飯、食べようよ。冷めちゃうよ?』


画面の向こう側、彼は、

どれも美味しそうだと、笑っている。


彼が亡くなってから、後悔していたことのひとつ。
色々な料理を食べさせてあげることが出来なかったこと。


彼はこの日、私が、ずっと抱えてきた傷を、
そっと、拭うように、
何度も、美味しいと言いながら、
嬉しそうに、私が作った料理を食べてくれた。