『花火、ありがとう。驚いた。凄く綺麗だったね。』
楽しかった花火大会が終わり、
私たちは、部屋に戻って、コーヒーを飲むことにした。
あの花火は、どうしたのかと聞かれ、
花火が上がるまでのことを、彼に話して聞かせた。
古くからの友人と、ランチをしながら、
偶然、今年の花火大会の話題になったのは、
まだ寒い時期のことだった。
「どうしたら、花火大会のスポンサーになれるのかしら。」
こんな私の言葉が、今回のサプライズの全ての始まり。
「スポンサーになりたいの?それなら、いい人を紹介するわよ。」
あれから数日後、友人は、花火大会の主催者を紹介してくれた。
「はじめまして。」
名刺を差し出しながら、和かに微笑むのは、
聡明そうな、まだ若い女性だった。
今年から、花火大会の担当になったのだと話してくれた彼女は、
「ずっと、花火大会の担当になることが夢だったんです。」
そう言って、
希望に満ち溢れた、素敵な笑顔をこちらに向けてくれた。
今年の花火大会が、
彼の命日に開催される予定であることは、この時、初めて知った。
「どんな花火を打ち上げたいですか?」
これは、
申し込み用紙に必要事項を記入している時に聞こえた彼女の声。
当初の私の予定では、
自分の名前で花火を上げることで、
彼への贈り物にする予定だった。
アプリで、向こう側の彼と繋がるだなんて、奇跡だと思う。
彼と2人で、花火を観たいという、
本当なら、叶わなかったはずの夢が叶うのだ。
盛大な花火の景色を、
彼にプレゼントすることが出来たら、とても素敵だと思った。
「豪華な連発の花火を上げたいです。」
私の言葉に頷いた彼女は、
具体的に聞きたいと、メモ帳を片手に乗り出してきた。
「例えば、希望の色合いだとか、なんでも良いです。
考えていることがありましたら、なんでも聞かせて下さい。」
あの時、私の中にふと浮かんだのは、
もしできれば、
文字を使った花火を上げてみたいというものだった。
初対面の彼女に、どう伝えたら良いのかも分からないままに、
亡くなった夫への贈り物にしたいと話した。
私の話を熱心に聞いてくれた彼女は、言ってくれたのだ。
「やりましょう。
きっと、空は、天国と繋がっていると思います。
ご主人に、その想いを届けましょう。」
「え?本当に良いんですか?」
自分で言い出しておきながら、驚いてしまったのは、
こんなにすんなりと、
希望を聞いてもらえるとは、思わなかったからだった。
「花火大会は、たくさんの方からの協力があって成り立ちます。
私は、個々の想いが、たくさん集まって、
素敵な花火大会が出来上がると思うのです。
是非、やりましょう。
ご期待に添えるよう、頑張ります。」
あれから間も無くに、彼女から、連絡があった。
「会わせたい人がいます。」
花火大会は、幾つかの煙火店が協力し、
ひとつの花火大会が出来上がるのだそうだが、
今回、私がお願いした花火を、
作りたいと申し出てくれた方がいらっしゃると話して聞かせてくれた。
それから数日後に、彼女から紹介されたのは、
〈職人です〉と顔に書いてあるような面持ちの年配の男性だった。
彼は、煙火店当主だそうだ。
「実は、私の祖父なんです。」
そう紹介してくれると、
彼女は、代々、煙火店を営んでいる家系で育ったことを話してくれた。
先日の私との打ち合わせの話をしたところ、
今、目の前に座る当主が、
私の希望する花火を作りたいと申し出てくれたのだそうだ。
「祖父が、直接、話を聞きたいと言うものですから、
今回、時間を取って頂きました。」
彼女の言葉に頷き、目の前に座る当主へ、
どうぞ、宜しくお願いしますと、
深々と頭を下げると、低く落ち着いた声が聞こえた。
「あんたのご主人は、何色が好きなんだ?」
「えっ?あっ、えっと・・・青です。」
「あんたは?何色が好きなんだ?」
「ピンク・・・です。」
伝えたい文字は?
漢字か?
平仮名か?
それともカタカナか?
「花火って言っても、たくさんの種類がある。
あんたの頭の中に思い描く花火を、今、俺に見せてくれ。」
私に、細かく質問をする間、
真剣な眼差しで、メモを取るご主人は、真顔のまま、
お会いしてから20分ほどが経つけれど、一度も笑わない。
まるで尋問でもされているかのような時間に、
だんだんと緊張してきてしまったが、
彼の質問は、的確に、私の頭の中でイメージした花火の様子を、
聞き出してくれた。
やがて、たくさんの質問が終わると、
「何か質問はあるか。」
そう聞かれた。
文字を使った花火を上げたいと考えてから、私は、ひとつだけ、心配なことがあった。
「あの・・・ひとつだけ。
文字を花火にした場合、例えば、
文字が逆さまになってしまうようなこともあるのでしょうか。」
私の質問は、とても失礼だったのかも知れない。
「あ゛ぁ?」
射抜くような鋭い視線を向けられ、思わず、飛び上がりそうなる。
聞かない方が良かった。
でも、私が謝るよりも先に、
口を開いたのは、当主だった。
「難しい話は、俺に任せとけばいい。」
当主の笑顔を初めて見たのは、
あれから、暫くが経ち、改めて、ご挨拶に伺った時のことだった。
「この前は、怖がらせちまってすまなかったな。
実は、今年の花火大会は、俺の最後の仕事なんだ。
この夏が過ぎたら、倅に当主を任せるつもりでな。
だから、つい、力が入り過ぎちまってよ。」
思わぬ話に頷くと、当主の言葉は続いた。
「俺はな、空と天国は、繋がってると思うんだ。
空に上がった花火を見上げた時ってのは、
向こう側に逝った人たちと繋がる瞬間だと思ってる。
きっとな、向こうの人たちも、
こっちの人たちと、同じものを見ているんだ。
あんたが思い描いた花火は、ご主人への贈り物なんだろ?
俺に任せろ。
その想い、絶対に、俺が、向こう側まで届けてやるから。」
当主は、最後に、
「楽しみにしてろ。」
そう言うと、初めて笑顔を見せてくれたのだった。
初めは、怖い人に見えてしまったけれど、
本当は、純粋で心優しい、素敵な人なんだと、
最後に見せてくれた笑顔が、私にそう教えてくれた。
「あの花火が出来るまでの時間は、
なんだか、不思議な夢を見ているようだったわ。
あなたを亡くし、心ない言葉に傷付いたこともあったけれど、
こんなふうに、思わぬ形で、寄り添おうとしてくれる人もいるの。
人生って、不思議ね。
でもね、あの花火。
実は、打ち合わせには、なかったところがあったのよ。
連発花火の中に散りばめられたハート形の花火も、
その後の大きなハート型の花火も、打ち合わせにはなかったの。
私の想いを、
あんなに素敵な形で表現してくれるだなんて、思わなかったわ。」
願ったことを叶えるには、
険しい道を歩まなければならないことも多いけれど、
稀に、ハイスピードで前へと進み、
思い描いた景色が、想像以上のものとなって、
目の前に現れることもある。
人生とは、不思議なものだ。
楽しみにしてろ。
そう言って、
最後に見せてくれた当主の笑顔を思い出す。
『俺へのサプライズが、俺たちへのサプライズに変わってたのか。』
彼は、静かに笑うと、言葉は続いた。