拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。

KANATA 36

『色々な話が聞けて、安心したよ。
お前の側には、たくさんの素敵な人がいる。
1人なんかじゃない。そうだろ?』


私が頷いたことを確認すると、
一呼吸置いた彼は言った。


『このアプリさ・・・試作段階だって、前に話したろ?』


「・・・うん。」


胸の奥がギュッと掴まれる。
嫌だ。もう、これ以上、聞きたくない。
耳を塞ぎたいのに、体が動かないままに、
次の彼の言葉が、耳に届いてしまった。


『実はさ・・・今日で、一旦、打ち切りになった。』


「・・・どうして?システム上の問題?いつ再開するの?」


『多分・・・システムに問題があるんだと思う・・・。
再開は、どうだろうな・・・暫く、掛かるかもな。』


彼の言葉の歯切れの悪さに、
もう、二度と、彼とアプリで繋がることはないように思えた。


今朝からずっと、私はハイテンションで、気付かずにいたけれど、
今になって、
今日だけ特別に、長く一緒にいられたのは、最後だからなのだと、
そんなふうに思えて仕方がない。


「今日の・・・何時まで?」


『23時59分59秒まで。』


「そう・・・」


もうすぐで、終わってしまう。
彼と過ごす、この、不思議で夢のような時間が終わってしまうのだ。
よりにもよって、彼の命日の日に。


でも、私は泣いてはいけないのよ。


だって、彼は、教えてくれたもの。
いつでも側にいることを。
見えなくても、彼は側にいる。
だから、私は大丈夫。


彼の側にいたいけれど、私はまだ生きたい。
彼は、このアプリ【KANATA】で繋がりながら、
私にまた、夢を持たせてくれたのだ。


だから、私は、泣かない。


それなのに、やっぱり・・・もう駄目だ。


ずっと、一緒にいたい。


あの日・・・
彼の手を、最後に握り締めた日と同じ台詞を飲み込んだ代わりに、
大粒の涙が、零れ落ちた。


『俺は泣かせるために、このアプリで繋がったわけじゃないんだよ。
お前を笑顔にするためだ。』
彼は、そう言って、微笑んだ。


『笑って?』


零れ落ちる涙を拭いながら、画面の向こう側を見つめると、
彼の言葉は続いた。


『俺とアプリで繋がった日のこと、覚えてる?
あの時、元気かって聞かれて、元気だよって答えたけれど、
あの日の俺は、本当は、元気じゃなかったんだ。
あの頃、お前、泣いてただろ。
お前とあの子が元気なら、俺も元気。
2人に元気がない時は、俺も元気がない。
こっちでは、皆がそうだよ。
そっち側にいる大切な人たちが、元気にしている時、
こっち側の俺たちも、元気でいられるんだ。
笑っていて欲しい。
こっち側の誰もが、そう望んでる。』


私は、彼を見つめて頷いた。
声を出したら、きっとまた、涙が溢れてしまうだろう。


黙って、画面に指先を触れると、
彼もそこに指先を重ね合わせてくれた。


『俺たちは、このアプリで、繋がっていても、
繋がっていなくても、同じなんだよ。
何も変わらない。
俺は、ずっと、側にいるよ。』


そう言って、画面の向こう側にいる彼が、
こちらに手を伸ばす仕草をすると、
私の髪に、柔らかな感覚が伝わって来た。


それは、
生きていた彼が、
私の髪を撫でてくれた時と同じ感覚だった。


泣いてはいけない。


分かっているのに、
溢れてくる涙を止めることが出来ないままに、
目を閉じて、彼の温もりだけを感じた。

 


「あなた。素敵な時間を、ありがとう。愛してる。」