『色々な話が聞けて、安心したよ。
お前の側には、たくさんの素敵な人がいる。
1人なんかじゃない。そうだろ?』
私が頷いたことを確認すると、
一呼吸置いた彼は言った。
『このアプリさ・・・試作段階だって、前に話したろ?』
「・・・うん。」
胸の奥がギュッと掴まれる。
嫌だ。もう、これ以上、聞きたくない。
耳を塞ぎたいのに、体が動かないままに、
次の彼の言葉が、耳に届いてしまった。
『実はさ・・・今日で、一旦、打ち切りになった。』
「・・・どうして?システム上の問題?いつ再開するの?」
『多分・・・システムに問題があるんだと思う・・・。
再開は、どうだろうな・・・暫く、掛かるかもな。』
彼の言葉の歯切れの悪さに、
もう、二度と、彼とアプリで繋がることはないように思えた。
今朝からずっと、私はハイテンションで、気付かずにいたけれど、
今になって、
今日だけ特別に、長く一緒にいられたのは、最後だからなのだと、
そんなふうに思えて仕方がない。
「今日の・・・何時まで?」
『23時59分59秒まで。』
「そう・・・」
もうすぐで、終わってしまう。
彼と過ごす、この、不思議で夢のような時間が終わってしまうのだ。
よりにもよって、彼の命日の日に。
でも、私は泣いてはいけないのよ。
だって、彼は、教えてくれたもの。
いつでも側にいることを。
見えなくても、彼は側にいる。
だから、私は大丈夫。
彼の側にいたいけれど、私はまだ生きたい。
彼は、このアプリ【KANATA】で繋がりながら、
私にまた、夢を持たせてくれたのだ。
だから、私は、泣かない。
それなのに、やっぱり・・・もう駄目だ。
ずっと、一緒にいたい。
あの日・・・
彼の手を、最後に握り締めた日と同じ台詞を飲み込んだ代わりに、
大粒の涙が、零れ落ちた。
『俺は泣かせるために、このアプリで繋がったわけじゃないんだよ。
お前を笑顔にするためだ。』
彼は、そう言って、微笑んだ。
『笑って?』
零れ落ちる涙を拭いながら、画面の向こう側を見つめると、
彼の言葉は続いた。
『俺とアプリで繋がった日のこと、覚えてる?
あの時、元気かって聞かれて、元気だよって答えたけれど、
あの日の俺は、本当は、元気じゃなかったんだ。
あの頃、お前、泣いてただろ。
お前とあの子が元気なら、俺も元気。
2人に元気がない時は、俺も元気がない。
こっちでは、皆がそうだよ。
そっち側にいる大切な人たちが、元気にしている時、
こっち側の俺たちも、元気でいられるんだ。
笑っていて欲しい。
こっち側の誰もが、そう望んでる。』
私は、彼を見つめて頷いた。
声を出したら、きっとまた、涙が溢れてしまうだろう。
黙って、画面に指先を触れると、
彼もそこに指先を重ね合わせてくれた。
『俺たちは、このアプリで、繋がっていても、
繋がっていなくても、同じなんだよ。
何も変わらない。
俺は、ずっと、側にいるよ。』
そう言って、画面の向こう側にいる彼が、
こちらに手を伸ばす仕草をすると、
私の髪に、柔らかな感覚が伝わって来た。
それは、
生きていた彼が、
私の髪を撫でてくれた時と同じ感覚だった。
泣いてはいけない。
分かっているのに、
溢れてくる涙を止めることが出来ないままに、
目を閉じて、彼の温もりだけを感じた。
「あなた。素敵な時間を、ありがとう。愛してる。」