拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。

KANATA 38 -彼がいる世界より-

虹花草が静かに揺れる様子を眺めながら、

浴衣姿の彼女の笑顔を思い出していた。

 

あれから、向こう側では、1か月が過ぎた。

 

あの日・・・

アプリで彼女と最後に繋がった日、

俺は、彼女に嘘をついた。

 

本当のことを話しながら、彼女を納得させるやり方もあったけれど、

なかなか言い出せずに、

時間ばかりが、過ぎてしまったからだ。

 

アプリ【KANATA】が、一旦、打ち切りになったというのは、嘘だ。

 

本当は、向こう側での冬が過ぎようとする頃に、

正式に、アプリ【KANATA】の認可が下りた。

 

連日行われた報告会では、皆が素晴らしい効果を発表し、

当初は反対していた神々から、正式に認められたのだ。

 

正式に認可が下りると共に、

アプリのメニュー画面のナンバーも変わったが、

彼女は、気付いてはいなかった。

 

認可が下りても、特にシステムの変化はなく、

1日あたり、2時間までの通話。

それ以上、時間を伸ばす案は出なかった。

向こう側の人間が、こちら側に固執しては意味がない。

 

俺が、このアプリは、

彼女にはもう必要ないと感じるようになったのは、

向こう側での新年が過ぎ、暫くが経った辺りからだった。

 

「まだ死ねない。」

彼女が熱でうなされながら、言った言葉には、本当は続きがあった。

 

「この夢を叶えるまでは。」

あの時、彼女は、そう言ったんだ。

 

この言葉を、彼女の口からはっきりと聞いたことで、俺は決断した。

彼女とアプリで繋がるのを辞めようと。

 

彼女とアプリで繋がった最後の日、

俺の選択は間違えていなかったと確信した。

 

俺とのアプリでの繋がりが途絶えることが分かっても、

彼女は、生きることを選択した。

 

俺は側にいる

 

アプリで繋がった日から、ずっと伝え続けてきた俺の想いは、

ちゃんと彼女へと届き、

彼女は、泣きながらも、前を向いていた。

 

当初、被験者として選ばれたうちの大半も、

俺と同じように、

向こう側の人とのアプリでの繋がりを終了させた。

彼らもまた、俺と同じような理由から、終了を選んだようだ。

 

先日の報告会では、

皆、楽しそうに、それぞれの大切な人との時間を語ってくれた。

 

俺たちが望んでいるのは、

遺してきた人が、前を向いて歩んでくれることだ。

向こう側へ遺してきた人が、こちら側へ来るまで、

アプリで繋がることを望んでいるわけではない。

 

このアプリで繋がる時間というのは、

言わば、治療のようなものだ。

元気になれば、治療は終わる。

 

アプリでの繋がりを終わりにする方法は、

幾つものやり方があるが、俺はその中でも、最も特別なやり方を選んだ。

 

俺は最後に、彼女に贈りものをすることにした。

それは、時間だ。

 

年を重ねた彼女が、夢を持ったのだ。

1日でも、若い方が良いだろうと思った。

 

 

俺が選んだ時間を戻すという終わり方には、条件があった。

まずは、自分の命日に実行すること。

それから、生者の脳内にあるデータ量を減らすこと。

即ち、アプリで繋がった時間の記憶を、殆ど消すことになる。

 

アプリで俺と繋がっていた時間は、

彼女の記憶には、殆ど残らないが、

それでも、彼女にとって、最も良い方法を選んだつもりだ。

 

命日には、特別な力が流れるという。

これは、こっち側での古くからの言い伝えだった。

 

個々の命日に流れる強い力を利用することによって、

アプリが繋がる直前まで、時間を戻すシステムを開発したのもまた、

アプリ【KANATA】のプロジェクトチームだ。

 

俺は、絶対に忘れないと彼女が望んだ、クリスマスの夢と、

彼女が見つけた新たな夢。

それから、俺からの想いを出来るだけ詰め込んで、

彼女の中にある他の全ての記憶を抹消した。

 

だから、彼女はもう、覚えてはいない。

 

初めて、アプリで繋がった日のことも、

愛してると、毎日、伝え合ったことも、

そして、

初めて、俺に浴衣を着て見せてくれたことも。