拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。

ネクタイ

あなたへ

 

あの子が高校生の頃に着ていた制服の、

ネクタイを手に取って、思い出していたのは、

高校生になる、ほんの少し前のあの子のことでした。

 

制服が手元に届き、

これからの新しい生活の始まりの日を、とても楽しみにしながら、

嬉しそうに、制服の試着をしたあの子。

 

ネクタイを手に取ったところで、

漸く、私たちは、気が付いたのでした。

 

ネクタイの締め方が分からない と。

 

反抗期、真っ只中だった、あの頃のあの子。

 

立派に反抗期を迎えてくれたことに喜びながらも、

あの子との向き合い方に、悩むことも多かったあの頃。

 

時には、あの子とぶつかり合いながら、私が見つけたのは、

もう、煩く言わなくても大丈夫だよって、

そんな、あの子の心の声でした。

 

些細なことで不機嫌になるあの子の姿に、

 

そうか

この子は、ひとりで歩き出そうとしているんだな って。

 

そうして、あの頃の私は、

しっかりと繋いでいた手を、緩めるように、

あの子から、少し離れて、

見守るという選択をしたのでした。

 

ネクタイの締め方を知らない私は、

あの子に、何も教えることが出来ないままに、

インターネットの動画を観ながら、

ネクタイの締め方を練習するあの子を、離れたところから、

黙って見守りました。

 

そうして、聞こえてきたのは、

出来たよって、嬉しそうなあの子の声。

 

初めて、自分で締めたネクタイを、

嬉しそうに見せてくれたあの子の姿に、

ほんの少しだけ、胸の奥が痛みながらも、

あの子が成長する様子を、愛おしく眺めたのでした。

 

大きくなったでしょ?

 

あの子の成長を、ひとつ見つける度に、

あなたには、そんなふうに語り掛けて来ましたが、

真新しい制服に、嬉しそうな顔をしたあの子も、

これから始まる新しい生活に、胸をときめかせたあの子も、

今になって振り返ると、何故だか、

随分と幼く、頼りなく思えました。

 

反抗期と呼ばれる難しい時期。

 

これまでの私は、あの頃のことを振り返りながら、

なんとか乗り越えることが出来たと思っていたけれど、

今になって、胸の奥がチクリと痛んで、

なんだか、涙が溢れてしまいそうなのです。

 

いつか、もしも、あの子が、

男の子のお父さんになったのなら、

成長した我が子に、ネクタイの締め方を教えながら、

あの子は、きっと、思い出すのでしょう。

 

あなたでも、

私でもなく、

インターネットの動画で、ネクタイの結び方を学んだ、

あの頃の自分の姿を。

 

気付かぬうちに、私は、あの子の心に、

後になって見える大きな傷を付けてしまったのかも知れません。

 

煩わしいと思われても、あの子と一緒に、

ネクタイを結ぶ練習をした方が良かったのかな。

 

反抗期だったあの子と、どう接したら良いのかが、分からなくて、

たくさん悩んだあの頃の私の精一杯の答えは、

間違えではなかったのかな。

 

あなたの分と私の分。

2人分の愛情を、あの子に注ぎたい。

 

そう思いながら、

あの子と向き合って来たはずの私ですが、

今になって、胸の奥が、痛くて仕方がありません。

 

あの頃の私の判断は、本当に、正しかったのかな って。