食事を終えると、彼は、今日買ってきたプランターをテーブルの上に置いた。
3人で、種を植えようと言う。
彼がポケットから取り出した種は、見たこともない不思議な種だった。
大きさは、Lサイズのたまごより、ひと回りかふた回り大きく、雫型をしている。
七色にキラキラと光る種だ。
手に持ってみると、想像以上に重さがある。
初めて見た大きな種に、あの子も私も、興奮しながら、これはなんだと騒いだ。
「これはね、幸せの種だよ。どんな花が咲くかは、まだ、分からない。
━━━分からないと言うよりは、それぞれ見える花が違うって言った方がいいかな。
花が咲く時期も、咲く花も、全部、見る人によって違う。」
彼の説明がよく分からず、あの子と2人、無言でその種を見つめた。
彼の言葉は、続いた。
「目標を持って、しっかりと生きてほしい。
頑張って生きれば、この種の芽が出てくる。
そして、夢が叶った時が、この花が咲く時。同じ花なんてひとつもない。
それは、同じ人生を生きる人間がひとりもいないのと同じ。
お前たちなら、絶対に、びっくりするくらい、綺麗な花を咲かせることが出来るはずだ。
例え苦しいことがあっても、絶対に大丈夫。
どんな時でも、俺が側にいるから。それだけは、絶対に忘れないで。
どんな綺麗な花が咲いたか、いつか俺にも話して聞かせてくれる日を楽しみにしてるよ。
━━━当たり前なんてものは、この世に存在しないんだ。
これから、何がしたい?どう生きたい?
全力で、やりたいことに挑戦してほしい。
自分の人生が、突然、終わってしまったとしても、
いい人生だったと胸を張って言えるように生きてほしい。」
いつもはクールな彼が、熱く語る。
そうして、彼はいつの間にか手に持っていた、瓶に詰められた透明な砂のようなものをプランターの中に入れた。
「これは、涙の砂だよ。この4年と8カ月分のお前たち2人の涙。
涙には、強さに変わる栄養分が入っているんだよ。
この涙の砂は、種が立派に育つための手助けをしてくれる。
人は泣いたぶんだけ、強くなれるんだよ。」
プランターの中に、透明な砂を入れ終えると、幸せの種を3分の2ほど埋めて、固定した。
この幸せの種に必要なのは、水や日光ではないと言う。
必要なのは、笑顔と目標に向かって頑張ることだと彼は教えてくれた。
不思議だけれど、あの子も私も、彼の説明に、なんの疑問も持つことはなく、ただ、彼の言葉を反芻しながら、七色に光る種を見つめた。
「そろそろ寝ようか。」
彼の言葉に、あの子と2人、小さな子供みたいに、まだ起きていたいと駄々を捏ねた。
「明日、学校。明日、仕事、でしょ?朝、起きられないぞ!」
あの子と私、それぞれに彼は指を指しながら、困った顔で笑った。
そう。明日からまた、仕事だ。
そして、春休み中のあの子も、明日は学校へ行く日だ。
特別な日曜日、とても楽しかった。
だからまだ、眠りたくない━━━。
眠らなければ、永遠に今日にいられるんじゃないかって、そんな気がしたんだ。