亡き夫に手紙を書き始めてから、もう、何年が経っただろう。
夫が亡くなってから、2年が経とうとする頃から、
数十年、私はこうして、
夫への手紙を書いては、インターネットに掲載し続けてきた。
きっと、空の彼方にいる夫の元へ、この手紙が届きますように。
そんな願いを込めて。
夫が亡くなったのは、あの子・・・夫との間に生まれた息子が、
中学1年生に上がった最初の夏休みのことだった。
あれから、大変なことも、苦労したことも、たくさんあったけれど、
あの子が成長していく姿を見守るのは、本当に楽しかった。
いつの頃からか、夢を持ったあの子は、
そこへ真っ直ぐに向かって歩むようになり、
自分の夢を叶え、今では、夫の年齢を超え、
先日、おじいちゃんになった。
あの子は、立派に成長してくれた。
今は、遠くから、あの子や、あの子の大切な家族の幸せを祈りながら、
私は、ひとり、静かに暮らしている。
最愛の夫を亡くし、絶望しかなかった私だけれど、
あの子に支えられながら、いつしか、私も、夢を持つことが出来た。
立ち止まっては、あの頃の夫を想い、泣きながら、前を向く。
そんなゆっくりとした人生を歩んできたけれど、
私もまた、夢を叶えることが出来た。
夢の先に見た新たな夢。
私は、これまでに持ったいくつかの夢を叶えることが出来た。
いつか私がこの世を去る日に、
迎えに来てくれた夫に、胸を張って逢える私になったと思う。
あの子の成長する姿を見守り、自分の夢を叶えた。
私はもう、やり残したことは、
ひとつもないのだと思う。
先日、ひ孫が生まれ、あの子は、おじいちゃんになった。
あの子が孫を抱く姿を見届けたら、きっと、
この人生に思い残すことは何もないのだろう。
これは、若かった私が、思い描いていた未来だった。
漸く、ここにあの頃の夢が叶った。
あの子は、もう、大丈夫。
自分の居場所をみつけて、幸せに暮らしている。
あの子が、自分の孫を抱いて笑った姿を見た時に、私は、思ったのだ。
この人生で集める幸せのカケラは、きっと、これで全部、集まったのだと。
それでも、夫への、手紙を更新するのを躊躇い、
下書き保存のまま、パソコンの電源を切った。
【更新】
それは、私にとって、
夫への手紙の投函を意味する。
電源が落ちた真っ暗な画面を眺めながら、小さくため息を吐いた。
この手紙を読んだら、あの人は、どんなふうに思うのだろう。
これは、生きたくても、生きることが出来なかった人に、送る手紙だろうか。
この人生に、もう悔いはないから迎えに来てくれとは、
随分と、身勝な気がして、更新を思い止まったのだ。
ため息を吐いて、庭に出た私は、空を見上げた。
夫と出会った夏が、また今年も終わりを迎えようとしている。
今は、丁度、夏と秋の間。
綺麗に染まった夕焼け空を見つめながら、
夫の、大きな手の温もりを思い出し、
大粒の涙が零れ落ちる。
ねぇ、あなた
お迎えは、いつになりますか
夫に宛てた手紙の更新ボタンを押せないままに、
つい、本音が漏れ出てしまった。
・・・夫に、逢いたい。