翌日も、いつも通りに、目が覚めた。
「おはよう。」
まずは、夫の遺影に、朝の挨拶をするのは、
あの頃から、ずっと何年も欠かしたことのない私の朝の習慣だ。
それから、お化粧をして、身なりを整える。
これも、若い頃から変わらない私の習慣。
年を重ねれば、老化はするが、努力を怠ってはならない。
夫の年齢を超えた頃から、この想いが強くなったのは、
年を取らなくなってしまった夫への、私なりの愛情表現なのかも知れない。
その割には、例えば立ち上がる時には、
どっこいしょ
などと、いつの頃からか、
こんな言葉が口をついて出るようになってしまった。
近所の友人4人で、お茶を飲んだのは、昨日のことだ。
どっこいしょ
よっこいしょ
よっこいせ
よいしょ
そろそろ時間だという時に、皆が一斉に立ち上がりながら、
それぞれに掛け声を掛けながら立ち上がったものだから、
最後に皆で笑ったことを思い出す。
年を取るのは嫌だねぇ
そんな話をしながら、お茶飲みはお開きになった。
化粧をしながら、
鏡の向こう側の自分をまじまじと見つめ、
頬に手を当ててみる。
「私だけ、随分、年を取ったのね。」
思わず、独り言を呟いた。
深く刻まれた皺と、弾力がなくなった肌。
今の私は、夫が知っている私とは、まるで別人だろう。
こんなにおばあちゃんになっちゃって、
夫が迎えに来てくれた時には、
ちゃんと私のことが分かるのかしら。
「でもまぁ、長生き出来て、幸せだわね。」
鏡の向こう側へ向かって微笑むと、朝食の準備に取り掛かった。
朝食を摂り、家事を一通り終えると、
ホッと一息をつきながら、携帯電話の画面を眺めた。
「あら?」
思わず、こんな声を上げてしまったのは、
携帯電話の画面に、違和感を感じたからだった。
私の携帯電話であることは、間違いない。
ケースも、アプリの配置も見慣れたものだ。
それなのに、違和感がある。
もう一度、よく、携帯電話の画面を見つめ、
漸く気が付いた。
画面右下に、見慣れないアプリが入っているのだ。
それは、綺麗な空色を背景に、白色の文字で、
【KANATA】と書かれた、見慣れないアプリだった。
入れた覚えのないアプリを恐る恐るタップしてしまったのは、
アイコンがとても綺麗な空色だったから、という理由からだった。
アプリを開くと、
空の写真を背景に【ようこそ】の文字が浮かび上がった。
次に現れた画面には、
【逢いたい故人の名前を入力して下さい】とある。
私は、迷わず、亡き夫の名前を入力した。
【読み込み中】
暫く、そんな画面から動かずにいたが、
漸く、画面が取り込まれた。
そこに映っていたのは、
こちらをじっと見つめる最愛の夫の姿だった。