あなたへ
はいはい
そこ、退いてください
掃除機をかけているにも関わらず、
しぶとく寝転がり続けるあの子の背中に、掃除機をかけました。
これは、最終手段です。
あの子がいる場所を避けて、
各部屋に掃除機をかけてから戻ってみても、
まだ同じ姿勢で寝転がっていたあの子。
こんなふうに、しぶとく寝転がり続けるあの子を見たのも、
あの子の背中に掃除機をかけたのも、今回が初めてのことでした。
あの子と2人で笑いながら、
ふと、あの子が幼かった頃のことを思い出していました。
あの頃のあの子の大のお気に入りは、掃除機でした。
先ずは、私が手早く掃除機をかけ、
次に、あの子の気が済むまで、掃除機を貸してあげる。
こんなルールで、各部屋へ掃除機をかけていたあの頃の出来事。
あの日は、休日で、
何処かへ出掛ける予定もなく、家で過ごしていた日でした。
何故なのか、あの日のあなたは、部屋のど真ん中で、
気持ち良さそうに、お昼寝をしていました。
掃除機をかけても、いいかな
こんな私の問いかけに、あなたは確かに、返事をしてくれました。
いいよって。
部屋を順番に回りながら、あなたが眠っている部屋の番になっても、
一向に起きる気配がなかったあなた。
あなたがいる場所だけを避けるように掃除機をかけると、
やがて、あの子が掃除機をかける順番になりました。
初めは、私を真似て、
あなたがいる場所を避けて、掃除機をかけていたあの子ですが、
やがて、あの子は、
うつ伏せに眠るあなたの背中に、掃除機をかけ始めたのです。
それでも起きないあなたのことが、余程、面白かったのでしょう。
あの子は、爆笑しながら、
あなたの背中に、掃除機を掛け続けたのでした。
そんな2人の姿が、なんだかとても可笑しくて、
私は、その姿を写真へと納めました。
こんな写真、いつ撮ったの?
あれから数日が経った頃、あの日の写真を見つけたあなたは、
楽しそうに、
あなたの背中に掃除機をかけるあの子の写真を眺めていましたね。
全然、気付かなかったな なんて、笑いながら。
あれから、十数年が経って、
今度は、私があの子の背中に掃除機をかける日が来るだなんて、
思ってもいませんでしたが、
なかなか退いてくれなかったあの子のお陰で、
あの頃の幸せのカケラを、またひとつ、集めることが出来ました。
あの頃は、何をするにも、
何倍もの時間が掛かったけれど、
あの子のすることが可笑しくて、
私たちは、いつでも笑っていましたね。