拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。    <夫と死別したemiのブログ>

彼女 4

私がこの公園に来るのは、いつでも不定期だ。

曜日も時間も決まってはいない。

にも関わらず、あれから、私がこの公園のベンチに座ると間も無くに、

必ず、彼女がやってくるようになった。

 

「あら、また会ったわね。今日は、曇り空ね。曇りの空も素敵よね。

よく見ると、曇り空の日だって、形が違っていて、とても楽しい。

いつでも同じ空はないのよね。」

 

会話の始まりは、決まって、天気の話だ。

そうして、今日もまた、彼女は、当たり前のように私の隣に腰を下ろして、

空を見上げた。

 

1人になりたい。

そんな気持ちで此処へ来た日でも、何故か彼女のことを煩わしく思ったことは、

一度もない。

それどころか、例え1人になりたいと考えていたとしても、

こうして此処で彼女と過ごす時間は、何故か心地の良さを感じてしまうのだ。

 

私の隣で、真っ直ぐに空を見上げる彼女を見つめてみる。

背丈や髪型、服の好みなど、なんとなく私と同じものを持った彼女。

私たちはよく似ている気がするけれど、確実に大きく違う点がある。

彼女は、とても明るい。

暗闇の世界など、これまで一度も見たことがないような人。

そんなイメージを持つ彼女は・・・

そう、太陽みたいな人だと思う。

夏の太陽のような力強さがある人。

私はきっと、彼女のそんなところに、惹かれたのだと思う。

 

彼女が太陽だとしたのなら、私は・・・私は・・・

その先に、自分に当て嵌まるものが見つからないままに、空へと視線を戻した。

 

それから、もうひとつ、

彼女に強く惹かれてしまう理由は・・・

 

「私ね、あの世って呼ばれている世界は、

本当は、この世界に重なり合っていると思うの。」

 

ほら、例えばこんなふうに。

黙って空を見上げていたかと思えば、彼女は、いつでも唐突に、変な話を始めるのだ。

私は彼女のこういうところ、嫌いじゃない。

いや、寧ろ、好きなのかも知れない。

彼女と話をしていると、何故かワクワクとしてしまうのだ。

 

「えっと・・・重なり合っているって言うのは?」

 

「私たちが住んでいるこの世界はね、きっとひとつじゃないのよ。

ふたつの世界が重なり合っているの。

あの世は此処にあるの。私たちの目には見えていないだけ。

でも、向こう側からは、見えるのよ。

そうだな・・・

ほら、暗記シートってあるでしょ?

参考書とか、問題集についている、答えを隠す赤いシート。

赤いシートで答えを隠しているのが、私たちの世界。

赤いシートを外して、ページに書かれている全部が見えるのが向こう側の世界。

きっと私たちは、

暗記シートみたいなフィルターが掛かった世界しか見ることができないのよ。

でも、そのことには誰も気付かないまま、

自分に見えているものをこの世界の全てだと信じ込んでいるの。」

 

「じゃあ、亡くなった人は、重なり合った別な世界にいるってこと?」

 

「そうよ。でもね、そこは、空の向こう側に混ざり合った世界なの。

私はね、空の向こう側に混ざり合った世界は、

この世界と重なり合っていると思うの。」

 

「えっと・・・じゃぁ、空の向こう側にある世界と、

この世界に重なり合う世界は繋がっていて、

あの世と呼ばれるところは、とてつもなく広く大きな世界ってこと?」

 

「違うわ。繋がっているわけじゃないの。この世界に重なっているだけ。

そこに広いも狭いもないの。そこにあるものは、此処にもあるのよ。」

 

彼女の話について行けず、飲み込めないままの言葉もあったけれど、

話し終えた彼女が、とても満足そうに頷いているから、一緒に頷いておいた。

 

「ねぇ、あなたは?あなたは、どんなふうに考えているの?

向こう側の世界について。」

彼女は、いつでもこうして、自分の思い描く世界についてを話し終えると、

私の考えを知りたがった。

そんな時の彼女は、いつも瞳をキラキラとさせているんだ。

 

「私は、空よりも遠い場所に向こう側の世界があるんだと思う。

そこは、もしかしたら、星みたいな場所なのかも知れない。

でも、例えば、誰かが死んでしまって、

向こう側へ送り出さなければならなくなっても、

遠く離れ離れになってしまうわけじゃないの。

例えば、ここに生きている私たちが、必要としている時とか、

向こう側に逝った人が、この世界の人と逢いたくなった時、

自由に逢いに来ることが出来るの。

空の向こう側は、遠くて近い場所なんだと思う。」

 

「遠くて、近い場所・・・うん。素敵だわ。とても素敵ね。」

 

彼女と私の考え方は、似ているところもあるけれど、少しずつ違う。

彼女は、その違いを楽しんでいるのかも知れない。

私の話を聞き終えると、彼女は必ず言ってくれるのだ。

素敵ねって。

私の言葉を反芻していた彼女は、突然に思いついたかのように、目を見開いた。

 

「ねぇ、もしも・・・もしもよ?

向こう側へ逝った人に逢いたいって思った人が、同時に複数人いたとしたら、

どんなふうに逢いに来るの?」

 

「それはきっと、同時に逢いに行くことが出来るんだと思う。

肉体を持たない彼らは、きっと、1とは数えられない存在なの。

だから、何人の人にも同時に逢いに行けるのよ。きっと。」

 

私の言葉に頷いた彼女は、

素敵ね。やっぱり素敵だわ。そう言って、嬉しそうに何度も頷いてくれた。