私がこの公園に来るのは、いつでも不定期だ。
曜日も時間も決まってはいない。
にも関わらず、あれから、私がこの公園のベンチに座ると間も無くに、
必ず、彼女がやってくるようになった。
「あら、また会ったわね。今日は、曇り空ね。曇りの空も素敵よね。
よく見ると、曇り空の日だって、形が違っていて、とても楽しい。
いつでも同じ空はないのよね。」
会話の始まりは、決まって、天気の話だ。
そうして、今日もまた、彼女は、当たり前のように私の隣に腰を下ろして、
空を見上げた。
1人になりたい。
そんな気持ちで此処へ来た日でも、何故か彼女のことを煩わしく思ったことは、
一度もない。
それどころか、例え1人になりたいと考えていたとしても、
こうして此処で彼女と過ごす時間は、何故か心地の良さを感じてしまうのだ。
私の隣で、真っ直ぐに空を見上げる彼女を見つめてみる。
背丈や髪型、服の好みなど、なんとなく私と同じものを持った彼女。
私たちはよく似ている気がするけれど、確実に大きく違う点がある。
彼女は、とても明るい。
暗闇の世界など、これまで一度も見たことがないような人。
そんなイメージを持つ彼女は・・・
そう、太陽みたいな人だと思う。
夏の太陽のような力強さがある人。
私はきっと、彼女のそんなところに、惹かれたのだと思う。
彼女が太陽だとしたのなら、私は・・・私は・・・
その先に、自分に当て嵌まるものが見つからないままに、空へと視線を戻した。
それから、もうひとつ、
彼女に強く惹かれてしまう理由は・・・
「私ね、あの世って呼ばれている世界は、
本当は、この世界に重なり合っていると思うの。」
ほら、例えばこんなふうに。
黙って空を見上げていたかと思えば、彼女は、いつでも唐突に、変な話を始めるのだ。
私は彼女のこういうところ、嫌いじゃない。
いや、寧ろ、好きなのかも知れない。
彼女と話をしていると、何故かワクワクとしてしまうのだ。
「えっと・・・重なり合っているって言うのは?」
「私たちが住んでいるこの世界はね、きっとひとつじゃないのよ。
ふたつの世界が重なり合っているの。
あの世は此処にあるの。私たちの目には見えていないだけ。
でも、向こう側からは、見えるのよ。
そうだな・・・
ほら、暗記シートってあるでしょ?
参考書とか、問題集についている、答えを隠す赤いシート。
赤いシートで答えを隠しているのが、私たちの世界。
赤いシートを外して、ページに書かれている全部が見えるのが向こう側の世界。
きっと私たちは、
暗記シートみたいなフィルターが掛かった世界しか見ることができないのよ。
でも、そのことには誰も気付かないまま、
自分に見えているものをこの世界の全てだと信じ込んでいるの。」
「じゃあ、亡くなった人は、重なり合った別な世界にいるってこと?」
「そうよ。でもね、そこは、空の向こう側に混ざり合った世界なの。
私はね、空の向こう側に混ざり合った世界は、
この世界と重なり合っていると思うの。」
「えっと・・・じゃぁ、空の向こう側にある世界と、
この世界に重なり合う世界は繋がっていて、
あの世と呼ばれるところは、とてつもなく広く大きな世界ってこと?」
「違うわ。繋がっているわけじゃないの。この世界に重なっているだけ。
そこに広いも狭いもないの。そこにあるものは、此処にもあるのよ。」
彼女の話について行けず、飲み込めないままの言葉もあったけれど、
話し終えた彼女が、とても満足そうに頷いているから、一緒に頷いておいた。
「ねぇ、あなたは?あなたは、どんなふうに考えているの?
向こう側の世界について。」
彼女は、いつでもこうして、自分の思い描く世界についてを話し終えると、
私の考えを知りたがった。
そんな時の彼女は、いつも瞳をキラキラとさせているんだ。
「私は、空よりも遠い場所に向こう側の世界があるんだと思う。
そこは、もしかしたら、星みたいな場所なのかも知れない。
でも、例えば、誰かが死んでしまって、
向こう側へ送り出さなければならなくなっても、
遠く離れ離れになってしまうわけじゃないの。
例えば、ここに生きている私たちが、必要としている時とか、
向こう側に逝った人が、この世界の人と逢いたくなった時、
自由に逢いに来ることが出来るの。
空の向こう側は、遠くて近い場所なんだと思う。」
「遠くて、近い場所・・・うん。素敵だわ。とても素敵ね。」
彼女と私の考え方は、似ているところもあるけれど、少しずつ違う。
彼女は、その違いを楽しんでいるのかも知れない。
私の話を聞き終えると、彼女は必ず言ってくれるのだ。
素敵ねって。
私の言葉を反芻していた彼女は、突然に思いついたかのように、目を見開いた。
「ねぇ、もしも・・・もしもよ?
向こう側へ逝った人に逢いたいって思った人が、同時に複数人いたとしたら、
どんなふうに逢いに来るの?」
「それはきっと、同時に逢いに行くことが出来るんだと思う。
肉体を持たない彼らは、きっと、1とは数えられない存在なの。
だから、何人の人にも同時に逢いに行けるのよ。きっと。」
私の言葉に頷いた彼女は、
素敵ね。やっぱり素敵だわ。そう言って、嬉しそうに何度も頷いてくれた。