「私ね、向こう側の人と話す方法を見つけたのよ。」
彼女が突然に、こんなことを言い出したのは、
また別の日のことだった。
「えっと・・・何か話したの?」
「話したとも言えるのかも知れないけれど、まだ話してないとも言えるわね。
ねぇ、どんなふうに話せば良いのか、気になるでしょ?知りたいでしょ?」
相変わらず彼女は、突拍子もないことを言いながら、とても楽しそうに笑っている。
今日の彼女は、不確かで、曖昧な情報を提供してくれるらしい。
「それはね、ただ、想えば良いのよ。心を込めて、大切な人を想えば良いの。」
これだけを言うと、満足そうに笑っている。
とても簡単よねなんて、頷きながら。
「想えば、話が出来るってことなの?」
「そうよ。」
「でも、あなたは、まだちゃんと話したわけじゃないんでしょう?」
「そうよ。だって、話すのはあなたでしょう?私じゃないわ。」
「え?どういうこと?」
「向こう側にいる大切な人と話したいのは、あなたでしょってことよ。」
言葉に詰まった。
彼女は、何故、急にこんなことを言い出したのだろう。
こんな私の心の声を読み取ったかのように、彼女は、言葉を続けた。
「あなたは、初めて会ったあの日、悲しそうな顔で空を見上げていたわ。
彼に逢いたいって、そう言っていたじゃない?
だから私は、今、こうしてあなたの隣にいるのよ。」
「えっと・・・」
それは、どういう意味なのだろう。
彼女は、姿を変えた彼なのだろうか。
そんなわけはないと思いながらも、
ほんの僅かな期待を込めて、彼女の瞳をじっと覗いてみた。
不思議そうにこちらを見つめ返す彼女の瞳の中には、
なんの答えも見つからないまま、
僅かに息を吸い込んだ私よりも先に、口を開いたのは彼女だった。
「言っておくけれど、私は、あなたが逢いたい人ではないわよ。
だって、私は、私だから。」
そう言って、朗らかに笑った。
あの後、彼女は、胸の中に浮かぶ言葉は本物なのだという話を聞かせてくれた。
向こう側の大切な人を想った時に、
胸の中に聞こえる声は、フィルター越しの向こう側からの声なのだと。
振り返ってみれば、
彼を見送ってからの私には、彼の想いだと感じる言葉が浮かぶことがあった。
彼女に言わせれば、感じたその想いたちは、どれも本物で、
それは、話をしていることと何も変わらないのだということだった。
この世界には気のせいなど存在せず、
それは、どれも本物なのだというのが、彼女の考え方だった。