拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。    <夫と死別したemiのブログ>

彼女 5

「私ね、向こう側の人と話す方法を見つけたのよ。」

 

彼女が突然に、こんなことを言い出したのは、

また別の日のことだった。

 

「えっと・・・何か話したの?」

 

「話したとも言えるのかも知れないけれど、まだ話してないとも言えるわね。

ねぇ、どんなふうに話せば良いのか、気になるでしょ?知りたいでしょ?」

 

相変わらず彼女は、突拍子もないことを言いながら、とても楽しそうに笑っている。

今日の彼女は、不確かで、曖昧な情報を提供してくれるらしい。

 

「それはね、ただ、想えば良いのよ。心を込めて、大切な人を想えば良いの。」

 

これだけを言うと、満足そうに笑っている。

とても簡単よねなんて、頷きながら。

 

「想えば、話が出来るってことなの?」

 

「そうよ。」

 

「でも、あなたは、まだちゃんと話したわけじゃないんでしょう?」

 

「そうよ。だって、話すのはあなたでしょう?私じゃないわ。」

 

「え?どういうこと?」

 

「向こう側にいる大切な人と話したいのは、あなたでしょってことよ。」

 

言葉に詰まった。

彼女は、何故、急にこんなことを言い出したのだろう。

こんな私の心の声を読み取ったかのように、彼女は、言葉を続けた。

 

「あなたは、初めて会ったあの日、悲しそうな顔で空を見上げていたわ。

彼に逢いたいって、そう言っていたじゃない?

だから私は、今、こうしてあなたの隣にいるのよ。」

 

「えっと・・・」

 

それは、どういう意味なのだろう。

彼女は、姿を変えた彼なのだろうか。

そんなわけはないと思いながらも、

ほんの僅かな期待を込めて、彼女の瞳をじっと覗いてみた。

 

不思議そうにこちらを見つめ返す彼女の瞳の中には、

なんの答えも見つからないまま、

僅かに息を吸い込んだ私よりも先に、口を開いたのは彼女だった。

 

「言っておくけれど、私は、あなたが逢いたい人ではないわよ。

だって、私は、私だから。」

そう言って、朗らかに笑った。

 

あの後、彼女は、胸の中に浮かぶ言葉は本物なのだという話を聞かせてくれた。

向こう側の大切な人を想った時に、

胸の中に聞こえる声は、フィルター越しの向こう側からの声なのだと。

 

振り返ってみれば、

彼を見送ってからの私には、彼の想いだと感じる言葉が浮かぶことがあった。

 

彼女に言わせれば、感じたその想いたちは、どれも本物で、

それは、話をしていることと何も変わらないのだということだった。

 

この世界には気のせいなど存在せず、

それは、どれも本物なのだというのが、彼女の考え方だった。