「もう!遅い!」
彼女が先に待っていてくれたのは、これで2回目だ。
ほんの少し顔を合わせ難い気持ちのまま、ここへ来た私の中の僅かな曇りなど、
一瞬で吹き飛ばすかのように、
彼女は、いつも通り、太陽みたいな笑顔を向けてくれた。
「随分、待ったわよ。」
ほんの少し膨れた声を出す彼女に思わず笑ってしまった。
「ごめんね。久し振り・・・」
の後に言葉を失ってしまったのは、逢わなかった間に、
彼女が驚くほどに綺麗になっていたからだった。
この感じをどう表現すれば良いだろう。
そう。例えば、光だ。
今の彼女は、思わず見惚れてしまうような美しい光を放っているように見えた。
驚き過ぎて、言葉が出ない私を他所に、彼女は、私の瞳の中をじっと覗き込んだ。
「そう。その目よ。私は、あなたのそんな目が見たかったのよ。」
こんな彼女の言葉は私の耳を素通りし、漸く口から出た言葉が、
ねぇ、化粧品、変えた?だった。
「え?突然なに?あなた。人の話、聞いてた?」
「だって・・・なんだか急に綺麗になったなって。」
「それは、あなたが出した結果よ。
あなたは逃げずに、ちゃんと自分自身と向き合うことが出来たもの。
全部、あなたが出した結果なのよ。」
彼女が綺麗になったことと私に、どんな関係があるのか、分からないままに、
疑問を言葉にする間も無く、彼女は、突然、大きなため息を吐いた。
「あーあ・・・。私、もっとあなたと一緒にいたかったわ。」
「なんだか、お別れみたいな言葉ね・・・もう逢えないの?」
「そうよ。今日でお別れ。あなたと過ごせて、良かったわ。とても楽しかった。」
漸く、彼女に逢いに来ることが出来たのに。
まだまだ彼女と話してみたいことが、たくさんあったのに・・・。
「どうして?また色々お喋りしたいわ。」
「駄目なのよ。それは、私が駄目なんじゃなくて、あなたが駄目なの。
きっと、あなたは暫く此処には来ることが出来ないわ。
だから、とても強引なやり方になってしまったけれど、
あなたなら、大丈夫だって信じていたわ。また逢えて良かった。」
「え?どういう意味?」
これは、これから私に、何かが起こるという予知か何かなのだろうか。
例えば、彼女は、特別な能力を持っていて・・・。
私の中に、一気に不安が押し寄せる。
これから起こるのかも知れない様々なトラブルを頭の中で描き始めたところで、
彼女は、微笑んだ。
「心配しないで。あなたが今、不安に思っているようなことは起きないわ。
誰も同じだから。
あなたは、ただ、あなたらしく過ごせばいいだけよ。
それから、もうひとつ。
あなたに伝えたい言葉があったわ。
もしも、自分が幸せになることで、
何か大きな不幸がやってくると考えているのなら、もう、その考え方は、辞めなさい。
あなたはもう、充分に苦しんだ。
これから、あなたにやってくるのは、幸せだけよ。」
彼女は、いつもこうして、私に前向きな言葉をくれる。
彼女には、たくさん伝えたいことがある。
彼女と出会えたから、
彼女が側にいてくれたから私は・・・私は・・・。
それなのに、どんなふうに伝えたら良いのかが分からないままに、
漸く伝えることが出来たのは、たった一言だけだった。
「私・・・頑張るから。」
「頑張らなくていいのよ。あなたはもう、たくさん頑張ったもの。
これからは、ただ、楽しんで。
凄く楽しかった、心からそう思えるような人生を送りなさい。
逢えて良かったわ。ありがとう。」
そう言って微笑むと、彼女は右手を差し出してきた。
そんな彼女に応えるように、右手を差し出すと、
彼女は、私の手をギュッと握ったかと思えば、
そのまま力強く、手を引いて、よろけた私を強く抱き締めた。
彼女のどこに、こんな力があるのだろうかと、
驚いてしまうほどの力強さだったけれど、
私は、この加減された力強さを、よく知っているような気がした。
師走が間近に迫ったあの日。
空が綺麗だったことも、彼女の温かな温度も、
耳元で微かに聞こえたとても小さな声も、今でも、鮮明に覚えている。
「あなたは、もう大丈夫。幸せになってね。」