あなたへ
実は、会社を辞めました。
こんな報告をしたら、あなたは、なんて言うのだろう。
え?どうして?って、驚くのでしょうか。
それとも、空を見上げては、時々、大きな溜息を吐き出していた私を、
静かに見守ってくれていたのなら、
やっと辞めたの?なんて笑うのかな。
随分と気持ちが落ち着いてきたように思いますので、あなたにも、
これまでの道のりを話してみたいと思います。
とは言っても、どこから話したら良いのだろう。
本当に、色々なことがありました。
それなら、あの職場に行きたくなくなってしまった頃からを綴ってみようかと、
暫くの間、掻い摘んだ言葉を探してみましたが、
上手く伝わるような言葉を見つけることが出来ないままに、
時間ばかりが過ぎて行きました。
複雑に絡み合った糸を解く作業は、それほどまでにも困難で、
深く入り組んだ様々な厄介ごとが、常に起き続けているような状態でした。
普通であれば、特に職場という場においては、
起きるはずのないようなことが起こっていたのだと思います。
ですから今回は、
自己愛性パーソナリティー障害(自己愛性人格障害)という、
後天的な障害があることを知ったことと、
私が置かれていた環境が、最悪であると、そう捉えるようになったのは、
変わり行く職場の様子を、新しい風と、こんな捉え方で、
あなたへの手紙を書いた3年前からであったこと。
それまでの環境も、決して良いとは言えないものの、
分かり合える人たちが側にいてくれたから、
私の中では、
最悪な環境と呼ぶまでには至らなかったことを説明しておきたいと思います。
様々な出来事についての概要を伝えることは困難ですが、
キーワードを伝えるとするのなら、
盗聴、洗脳、様々な種類のハラスメント、
虚言、巧妙に仕掛けられた罠、と言ったところでしょうか。
随分と気持ちが落ち着いてきたと、そう感じて、
あなたにも報告しようと考えましたが、
こうして改めて文字にしてみると、私の中に感じたのは、
胸の奥に負荷が掛かるような重圧と、吐き気にも似た感情でした。
私は、既に、あの職場での出来事を、全て過去にすることが出来たのだと、
そう考えていましたが、
あの頃を深く振り返るには、まだ時間が足りなかったのでしょうか。
それほどまでに、
普通ではない環境の中に身を置いていたということなのかも知れません。
では、少しだけ視点を変えてみます。
あなたを見送ってからの私が、
新しい夢を見つけた頃のことをお話ししてみましょうか。
私が新しい夢を持つことが出来たのは、
あなたを見送ってから、どれくらいが経った頃だったでしょうか。
今後の自分の生き方や、見たい景色を思い描き、
僅かな希望の光を追い求めるうちに、
少しずつ、様々なビジョンが見えてくるようになりました。
それを叶える明確なやり方を見つけることが出来ないままに、
それでも、私はいつかこんな道を歩みたいと、心に決めたのです。
いつかは、この会社を卒業し、思い描いた道で生きていくのだと、
小さな夢を大切に両手に抱いて、
僅かずつにではありましたが、それでも着実に、
前へと歩んで来ることが出来たと思います。
ですが、先に書いた3年前。
あの頃から、職場の状況が大きく崩れ始めました。
それまで、共に仕事に取り組んできた人たちとの別れです。
3年前を境に突然、様々なことが起こり始めたのかと言えば、それは違います。
思い返してみれば、それよりも随分前から、
長い時間を掛けて、巧妙に物事が進められていたのだと思います。
そんなに嫌なら、転職は考えなかったの?
あなたは、こんな疑問を持つのでしょうか。
実は、3年より、もう少し前に一度だけ、転職を考えていた頃がありました。
きっと、これからもっと、
この状況が悪くなるのだろうと見越してのことでした。
ですが、転職活動を試みたのは、とても短い期間でした。
何故なら、ふと、気が付いてしまったのです。
これこそ、時間の無駄使いであるのではないかということに。
私は何処へ向かいたいのか、どんな人生を歩みたいのかを改めて考えながら、
この選択は得策ではないと感じました。
転職をすることだけが目標であるのなら、そこに存分に時間を費やして、
それに向き合うのが最良であるとは思いますが、私の場合はそうではありません。
時間や労力は、出来るだけ、やりたいことに使うべきであると、
そう結論を出しました。
転職先が決まっても、それは終わりではなく始まりです。
新しい仕事を覚えるために、学ばなければならないことも多くあるのでしょう。
本来の自分のやりたいことに漸く向き合えるようになるまでには、
どれだけの時間が掛かるのでしょうか。
それなら、慣れた環境の中で、仕事をしながら、
自分の夢を追うのが最良の方法だと考えていたのは、
仕事の内容自体は、嫌いではない、
いえ、寧ろ好きと言えるものであったからなのかも知れません。
長く勤めてきたからこその様々な人との繋がりや、築き上げてきたもの、
楽しさも、確かにそこには存在していたようにも思うのです。
最も最悪な状況を、間も無く迎えることを知りながら、
そこに自らの身を置くことは、
ある種、鞭で打つようなやり方ではあるけれど、
それが最短であると思えるのなら、このまま進もうと決心したのでした。
仕事自体は慣れています。
どんなに状況が悪くなろうとも、
ただ、淡々と業務を熟しさえすれば、どうにかなるだろうと、
自分に言い聞かせました。
それから間も無くのことでした。
連携が取れ、足並みを揃えて仕事に向き合っていた仲間が、
ひとり、またひとりと、やがて全員がいなくなりました。
排除された。こんな表現が正しいのかも知れません。
どう頑張っても、誰ひとり助けることが出来ないまま、
皆、いなくなってしまったのです。
歪んだ考え方が、いとも簡単に通ってしまう環境へと変わってしまったは、
いつからだっただろう。
事態は、私が考えていたよりもずっと、最悪な状況へと変わっていきました。
あれからの私の中には、幾つもの波が訪れました。
あの職場へ行くことが嫌で堪らない時期と、淡々と無になれる時期。
それは、
仕事を全くせず、遊びながら、お給料を貰っている方々が気になってしまう時期と、
周りのことなど全く気にせず、無になれた時期であり、
溢れる陰口や嫌がらせ、妬み、嫉妬、
この世に存在する全ての負のオーラを纏ったような空気が気になってしまう時期と、
それら全てを遮り、無になれた時でした。
足並みを揃えて共に仕事に向き合う仲間が全員いなくなるということは、
こういうことなのだと、時には傍観しながら、
目の前の業務をひとりで熟す日々は、
思っていたよりもずっと、辛い毎日だったけれど、
仕事には一切、手を抜かないという自分との約束だけは、確実に守ってきました。
此処で経験したことは、無駄になることなど、きっとひとつもなく、
今後の自分にとっても、それは生かされるものであるのでしょう。
そして、人一倍、仕事をすることで、
きっと運を貯めることが出来るのだと、こんなふうにも考えていました。
繰り返す波が訪れる度に、私は、
自分のために仕事をするのだと言い聞かせ続けてきました。
その状況が、少しでも改善されるような努力はしなかったの?
あなたは、こんな疑問を持つのかも知れません。
これは例えば、ですが、
例えば、グループのような場所を正常に機能させなくするためには、
どうしたら良いでしょうか。
ボスに当たる人間を洗脳操作すれば良い話でしょう。
と、なんだかとても軽く言ってみましたが、
例えば、そこが少人数の部署であったとしたのなら、
例えば、そこが一角のフロアなどではなく、
他の部署の人が滅多に立ち入らないような、
ひとつの事業所のような場所であったとしたのなら、
例えば、洗脳したいターゲットが、人からの影響を受けやすく、そして、
少し優柔不断な一面を持つ人柄であったとしたのなら。
何年も、長い年月を掛けて計画的にそれが行われたとするなら、
不可能ではないのかも知れませんよ。
例えば、の話ですけれどね。
正論など、全く通らなない環境を作り出すことは、
必ずしも不可能ではないのかも知れません。
それなら、他の部署などに助けて貰う方法もあるよね?
或いはあなたの中にはこんな疑問も浮かぶのかも知れません。
無駄です。
そこにもとっくに手が回っていたのです。
そして、この中で、何が起きているのかを簡潔に、
明確に伝えることなど出来ないに等しい程に、糸と糸は絡み合っているのです。
但し、です。
こんなことを言ってもいいのか分かりませんが、打開策は、ひとつだけありましたよ。
全部壊す方法がひとつだけ。
最も破壊力が強いであろうあのスイッチを押してしまえば、
嵐が来て、メチャメチャになって、
やがては何年も前の、
正常に職場として機能していた頃に戻すことが出来たのでしょう。
私が敢えてそれを選択しなかったのは、
この人生を、あの職場に捧げるつもりはなかったからです。
あの場所は、私にとっての通過点です。
元に戻すために使う時間は、私にはありませんし、
壊しておいて、途中で放り出すような無責任なやり方も、私には出来ません。
だから、私は、ただ、淡々と仕事をすれば良いのです。
全ては自分のためなのです。
ですが、やがて、あの日が訪れてしまったのは、
長い時間を掛けて、ゆっくりと、
蓄積されたものがあったからなのかも知れません。
今年の夏のある日、それは突然に起きました。
朝、会社へ向かっていた時のことです。
距離にして、あと半分程で会社に着く頃のことでした。
突然に、息が出来なくなってしまったのです。
どんなふうに息をすれば良いのかが分からなくなり、意識は急速に遠くなりました。
車を停める場所を見つけることが出来ないまま、
遠のく意識を僅かに繋ぎ止めるように必死に大きく深呼吸を繰り返しました。
人様に迷惑を掛けてはならない。
あの子に心配を掛けてはならない。
絶対に事故だけは起こしてはいけないと、
あの時はただ、必死で大きく息をして、
なんとか無事に会社まで辿り着くことが出来ました。
あの日からです。
朝、会社へ向かう時になると、息が出来なくなるようになりました。
初めは、会社まで半分程の距離から、
徐々にその距離は、3分の2程と、縮まりながら、最終的には、
家を出発する頃からその現象が起きるようになりました。
なんだか、今日はとても長い手紙になってしまいましたが、
今日1日で話し終えられる気がしません。
少し、気持ちの整理もしたいと思っていますで、
また明日、この続きを話してみたいと思います。
今夜はこれで、おやすみなさい。