拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。    <夫と死別したemiのブログ>

前世の私たちの今度の約束

あなたへ

 

ねぇ、あなたは、

私たちが出会った日付を覚えていますか。

 

私にその日付を改めて確認する機会が訪れたのは、

私たちの結婚式で配ったプロフィールを見つけた昨年のことでした。

 

このプロフィールを作った頃の私は、確かにその日付を覚えていたはずなのに、

やがてその記憶が薄れて、いつの間にか、すっかり忘れてしまったのは、

きっと私には、もう必要がなくなった記憶であったからなのでしょう。

 

だって、あれからの私は、あなたと家族になり、

次々に見える新しい景色たちを、

拾い集めることに夢中になっていたのですから。

 

あなたと出会ったのは、いつだったかな。

 

あなたを見送ってからの私は、時々、こんなふうに思いながらも、

日付までもを確認しようなどとは一度も考えなかったのは、

実は、ほんの少しだけ、怖い気持ちがあったからでした。

 

だって、私たちが出会ったのは、

8月の、幾日かを過ぎたあたりであったと、こんな記憶があったから。

 

やっぱりね。

 

結婚式のプロフィールを確認しながら、少しだけ落ち込んでしまったのは、

私たちが出会ったのが、8月7日だったからでした。

 

8月7日に出会って、そこから丁度16年間をこの世界で共に過ごし、

17年目を1日も過ごせないままに、

8月8日に、あなたのその手を離さなけばならなくなってしまうだなんて、

なんだか、私たちが出会った日は、

悲しい物語の始まりの日のようにも感じてしまって、

その日付を見なければ良かったなって、

あの時の私は、そんなふうにも感じたのでした。

 

でも、本当は、それは違ったのかも知れません。

 

8月7日に七夕を行う地域があるのだと、こんな話を耳にしたのは、

最近になってからのことでした。

 

それは、旧暦と新暦に関係するものなのだそう。

元々は、旧暦の7月7日を七夕としていたものの、

旧暦を新暦に置き換えたときに1か月近く日付がずれるため、

7日を残して月遅れの8月7日を七夕としたところが多かったようなのです。

 

ねぇ、あなた。

前世の私たちは、新暦の8月7日の夜空を見上げながら、

約束をしたのかも知れませんね。

 

生まれ変わったらきっと、七夕の日に会いましょう。

そうしたら、私はきっと、

あなたのことがすぐに分かるはずだからって。

 

そう。

だからあの時の私は感じたのよ。

この人だ、やっと逢えたって。

あの気持ちは、やはり本物だったの。

 

旧暦の七夕の日に出会った私たちは、やがて、

新暦の7月7日、私たちがよく知っている七夕の日に、

あの子の存在をこのお腹の中に確認しました。

 

前世の私たちには、きっと、

七夕の日に特別な想いがあったのでしょう。

 

だからあなたは、今世で、

星が綺麗に見える場所へ生まれたのかも知れません。

 

そこには、私との約束を忘れないようにって、

実はそんな想いが隠れていたのかも知れませんね。

 

この人生が、自分で選んで生まれて来た人生だと言うのなら、

私たちはきっと初めから、16年間を共に過ごした後に、

離れなければならない運命を持って生まれて来たのでしょう。

 

それでも、私たちは、

最高にロマンチックな必然に彩られた、

素敵な物語のような時間の中を歩むことが出来ていたのだと思います。

 

因みに、新暦は、

明治6年から使われるようになったのだそうです。

 

前世での私たちは、さようなら、ごきげんようと、

こんな挨拶をしていたのかも知れないと、

いつかこんな手紙を書きましたが、

それは、強ち間違いではないのかも知れませんね。

 

今世での出会いは、

当たり前のように、さようなら、ごきげんようと挨拶を交わしていた私たちの、

今度の約束だったのかも知れません。

 

ほらね、やっぱり私たちは、運命の出会いだったのよ。

 

ここにまたひとつ、その証拠を見つけたよ。

 

 

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