拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。    <夫と死別したemiのブログ>

たまご型のおもちゃ

あなたへ

 

俺がいなくて寂しくなったら、これで遊んでよ

 

冗談混じりにこんなことを言いながら、

巣立ち前のあの子から手渡されたのは、たまご型のおもちゃでした。

 

あれは、此処から巣立ってしまう前にと、

あの子が友人たちとアミューズメント施設へ遊びに出掛けた日のことでした。

 

あの子が手渡してくれたおもちゃは、

あの日のあの子が挑戦したゲームの景品なのだそう。

 

ありがとう

泣きながら、これで遊ぶねって、

笑いながら受け取って、私の部屋に飾っておいたおもちゃを、

あの子が巣立ってから初めて、手に取ってみました。

 

柔らかな素材で出来たこれは、指で潰して離すと、音が鳴ります。

ピィ!ピィ!って。

 

意味もなく、何度も音を鳴らしながら思い出していたのは、

このおもちゃを受け取った日に私が密かに思い描いた未来でした。

 

あの日の私は、

泣きながら、これで遊ぶねって、笑いながら返したけれど、

ひとりになって、このおもちゃを手に取った日はきっと、

遠くへと巣立って行ったあの子を想い、

寂しい気持ちで、このおもちゃが鳴らす音を聞くのだろうって、

そんなふうに未来を思い描いたのでした。

 

どんなに強がったって、本当は、

きっと寂しさで、胸がいっぱいになってしまうんだろうな。

私の言葉はきっと、本当になってしまうんだろうなって。

 

それなのに、今日の私が、

おもちゃが鳴らす音を聞きながら見つけたのは、

全部、良かったなって、こんな気持ちでした。

 

あの子が巣立ってから、明日で3週間が経ちます。

 

寂しくないと言えば、それは嘘になりますが、

それよりも、

あの子の成長が、

あの子が真っ直ぐに、前へと歩んでいることが、

ただただ、嬉しくて仕方がないのです。

 

此処から巣立ってからの1週間程のあの子は、

ほぼ毎日、電話を掛けてきては、

これが分からない

これ、どうしようって、

分からないことだらけだったけれど、

あれから少しずつ、電話の回数が減ってきて。

 

毎日掛かってきていた電話の間隔が少しずつ空くようになったのは、

あの子が新しい生活に、

慣れてきている証拠であるのだと感じました。

あの子は、毎日、成長しているんだなって。

 

やがて電話の向こう側から聞こえるようになったのは、

元気だった?ってこんな言葉と共に、

新しい生活の様子を、楽しげに話して聞かせてくれるあの子の声です。

 

あの子が大きな一歩を踏み出した世界は、

あの頃の私たちが思い描いていた以上に素敵な世界。

 

あの子が暮らすあの場所も、飛び込んだ世界も、

あの子の肌にとても合っていて、毎日が楽しくて仕方がないのだと、

こんな声が聞こえるのです。

 

このおもちゃが鳴らす音を聞きながら、振り返るのは、

此処から巣立ったあの子が見せてくれた3週間分のあの子の成長。

そして、

私の中に蘇るあの子の楽しげな声は、

私に、ずっと先の未来さえもを想像させるのです。

 

1年後、3年後、5年後のあの子の瞳には、

どんな素敵な景色が映っているのだろう。

その時のあの子は、どんな話を聞かせてくれるのかなって。

 

このおもちゃの音をひとりで鳴らす日は、きっと泣いてしまうのだろうって、

そんなふうに思い描いたあの頃の未来は、

私が想像もしなかった形で此処にやってきました。

 

おもちゃが鳴らす音を聞きながら、

涙を流す代わりに、笑みを浮かべながら、全部、良かったなって、

こんな言葉を呟く未来を過ごすことが出来るだなんてね。

 

今、此処に見えるのは、あの日の私が知らなかった、

ずっとずっと素敵な景色です。

 

 

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