あなたへ
緑茶は苦いから嫌
僕は麦茶がいい
ねぇ、あなたは覚えていますか。
これは、幼かった頃のあの子の言葉です。
あの子に初めて緑茶を飲ませてみたのは、いつの頃だったでしょうか。
あの時のあの子は、もの凄く嫌そうな顔をして、
あれ以来、絶対に緑茶を口にはしませんでしたっけ。
あの頃の印象が強く私の中に残ったまま、
あの子の成長を見守ってきた私ですが、
俺、緑茶飲めるようになったんだよって、
あの子のこんな声が聞こえたのは、あなたを見送ってから、
どれくらいが経ってからのことだっただろう。
いつの間にか、そんなところも成長していたことを知り、
とても驚いた日がありました。
麦茶が切れている時にだけ、緑茶を飲んでいたあの子ですが、
少しずつ、緑茶の方を好むようになり、いつの頃からか、
毎日、あの子と一緒に緑茶を飲むことが当たり前へと変わっていきました。
気が向いた時にだけ緑茶を飲んでいた私だったけれど、
あの子の成長と共に、私も一緒に、毎日、緑茶を飲むようになって。
あの子が巣立った今でも、毎日、緑茶を淹れて飲んでいます。
コーヒーよりも紅茶を好んでいたはずの私は、
あなたに影響されて、
いつの頃からか、コーヒーを好むようになり、
気が向いた時にしか緑茶を飲まなかった私は、
あの子に影響されて、
こうして毎日、緑茶を飲むようになりました。
此処に暮らすのは、私ひとりだけになってしまったけれど、
どんなに遠くに離れていても、
私には、あなたとあの子の色が染まっていて。
今の私に見えるのは、
私たち家族3人の色であるとも言えるのかも知れません。
今日も緑茶を飲みながら、ふと思い出していたのは、
緑茶を淹れると、不満そうな顔をしていたあなたの顔。
えぇ?コーヒーじゃないの?って、あの頃のあなたは、
渋々ながら、私が淹れた緑茶を飲んでくれていましたっけ。
もしも、あの夏の運命が違っていたのなら、
あなたもあの子に影響されて、
今頃は、好んで緑茶を飲むようになっていたのかも知れませんね。
渋々ながら、緑茶を飲んでくれていたあの時のあなたの顔も、
とても面白かったけれど、別な顔も見てみたかったな。
ねぇ、あなた。
もしも、来世があるのなら、
きっと来世では、って、
私はこれまでに、
どのくらいの来世の私たちについてを思い描いてきたでしょうか。
ひとりで緑茶を飲みながら、今日の私はまたひとつ、
来世であなたとしてみたいことを思いついてしまいました。
今度は2人で、ずっとずっと一緒に年を重ねて、
いつか、皺々のおじいちゃんとおばあちゃんになってね。
縁側に2人で座って、緑茶を飲みながら、
今日も天気が良いねって、一緒に空を見上げるの。
その時の私たちも、3人家族。
あの子は、元気にしているかしら。
今度はいつ、帰って来れるのかしらって、
あの子と3人で、縁側に座ってお喋りが出来る日を楽しみに、
遠くから、あの子を想うのよ。
その頃には、縁側のある家なんてあるのかしらって、
ずっと先の未来を思い描いてみれば、疑問も浮かんできましたが、
きっと大丈夫。
今世の記憶なんてなくたって、きっとあなたは、
あの時みたいに縁側を作ってくれるから。
その時はね、お茶が美味しいねって、
一度くらい、
私が淹れたお茶を美味しそうに飲んでくれるあなたの顔も、見せてくださいね。
これは、そう。
今度の約束です。