あなたへ
私は今、悲しみに暮れています。
え?嘘でしょ?なんで?
小さな宝物を手のひらに乗せて、暫くの間、放心した私は、
悲しさのあまりに、思わず泣いてしまいました。
形があるものは、いつか壊れてしまうけれど、
こんなに突然にお別れの日がやってくるだなんて、
思ってもいませんでした。
実は、MP3が壊れてしまいました。
恐らくは、内蔵されたバッテリーが膨張したのでしょう。
久し振りに、充電をしようとMP3をポーチから取り出してみると、
完全に形が変わり、大破した状態だったのです。
これは、2台目のMP3。
私の誕生日に、あなたがプレゼントしてくれたものでした。
いつかのクリスマスに、MP3をプレゼントしてくれたあなた。
お気に入りの曲をたくさん入れたあのMP3は、
思っていたよりも早くに、容量が一杯になってしまいました。
どれも大好きな音楽だから、消したくない。
でも、他の音楽も、こんなふうに楽しみたい。
あの頃の私は、少し贅沢で、幸せな悩みを抱えていましたが、
そんな私に、あなたは言ってくれましたね。
誕生日に、2台目のMP3をプレゼントするよ
今度は、もう少し容量の大きいものを買おうねって。
そうして迎えた私の誕生日は、私のための1日でした。
色々なお店を見て、一番気に入ったものを買おうね
これは、あの日のあなたの言葉です。
家族3人で出掛けたあの日のことは、今でもよく覚えています。
店員さんとの談笑の中、
妻への誕生日プレゼントなんですって、
私が隣にいるのに、あなたったら、そんな話をし出して。
なんだかちょっと恥ずかしくて、でも、本当は嬉しかった気持ちも、
思いつく限りの全部の店舗へ連れて行ってくれたことも。
1日掛けて色々な店舗で、色々なMP3を見て回って、
やっぱり、一番初めに見たものが良いなって私の言葉に、
気に入ったものが見つかって良かったねって、あなたは笑っていました。
こうして思い返してみれば、
あの日の時間もまた、私への誕生日プレゼントだったのだと思います。
あなたがプレゼントしてくれたMP3は、
2台とも同じ場所へ保管していました。
クリスマスにプレゼントしてくれたMP3は、無傷であることから、
恐らく、保管状態は悪くはなかったのでしょう。
思いもよらなかった出来事に、思わず泣いてしまいましたが、
大切なものが壊れてしまった時というのは、
それに関する記憶が鮮明に蘇る時でもあるのだと思います。
大切な宝物を手のひらに乗せて、
悲しみに暮れた私の中に蘇ったあの日の時間をもう一度、
大切に胸の中へと刻み直しました。
形があるものは、いつか壊れゆくけれど、
でも、この記憶はなくなったりはしない。
気に入ったものが見つかって良かったと笑っていたあなたの顔も、
家族3人で過ごしたあの日の時間も、
全部、忘れないよ。
新しいMP3が嬉しくて、
1台目とはまた別の専用ポーチを準備したことも、
今夜はどちらのMP3で音楽を聴こうかと、
ワクワクとした気持ちで迎えた眠る前の時間も、
全部、あなたが私にくれたプレゼント。
素敵な時間をありがとう。