あなたへ
は?
冗談だよね?
・・・はーー?
思わず叫び声にも近い声を上げてしまったのは、
車へと乗り込んで、エンジンを掛けたばかりの私です。
ねぇ、あなた。
洗濯機が壊れたばかりだというのに、
今度はね、カーナビが壊れてしまったようなのです。
何の前触れもなく、突然に電源が入らなくなりました。
配線や電源ボタン。
分かる限りの全てを確認してみましたが、
壊れてしまったと、認めるしかないようです。
このカーナビもまた、あなたとあの子と私。
家族3人で買いに出掛けたカーナビでした。
その役目は、もう十分に果たしてくれたと言っても良いのでしょう。
新しい道が出来たり、新しいお店が出来たり。
あなたを見送ってからのこの辺りは、随分と景色が変わりました。
カーナビで検索しても、出て来ない場所は少しずつ増えていきましたが、
私にとってのこのカーナビは、カーナビとしてではなく、
あの頃のままの実働品として、車内に存在していることに意味がありました。
初めて行く場所を検索しても、該当がない場合には、
表示された近隣の地図を見つめながら、
あなたが側にいてくれた頃は、きっと何もなかった場所なんだな とか、
元は別なお店であったことを知れば、
あなたはこのお店の存在を知っていたのかも知れないなって、
様々にあなたが側にいてくれた頃の景色を思い描きながら、
カーナビの画面を見つめてみるのです。
これは、本来のカーナビとしての使い方ではないけれど、
別な視点からカーナビの画面を見つめることが、私にとっての意味でした。
カーナビ本来の使い方をする機会は、随分と減ってしまいましたが、
それでも、あの頃から変わらずに、
必ず、カーナビをセットして、向かう場所もありました。
あなたの実家です。
あなたの実家へ行く経路って、とても簡単。
あなたの実家へ行く時に、道に迷ったことなど、一度もないけれど、
私は、ある通りに出ると、
必ずナビが伝えてくれるあの言葉を楽しみにしていたのです。
ねぇ、あなたは覚えていますか。
ここから暫く道なりです と言ったきり、
急に静かになるカーナビに、
仕事をサボっているねって、あの頃のあなたは笑っていたの。
あなたの実家へ向かえば必ず聞こえてくるカーナビの声を聞けば、
あの頃のあなたの笑い声が、私の中に鮮明に蘇るのです。
あの頃のままのカーナビは、私にとって、
とても価値のあるものでした。
最近の私は、初めて行く場所へ向かう時には、
携帯電話の地図アプリを頼りに出掛けることがとても増えました。
このカーナビがなくても、外出に困ることはありませんが、
それでもやはり、またひとつ、
あなたとの思い出が詰まったものがなくなってしまうことは、
とても寂しいです。
次に、あなたの実家へ行く時には、
もう、あの声は聞こえないんだね。