あなたへ
このまま伸びなければ良いのに。
前髪を見つめながら、本気で願っていたのに、
そんな願いも虚しく、私の前髪はいつも通りのペースで伸びて、
遂に前が見難くなってしまいました。
日々、少しずつ伸び続ける髪を見つめながら、
髪に対して、このまま伸びなければ良いだなんて、
こんな願いごとを持ったのは、思えば初めてのことでしたが、
無理を承知の上で、それでも本気で願ってしまったのは、
何度考えてみても、
あなたが切ってくれたに違いない特別な前髪だったからでした。
仕方なく、自分で切った前髪は、今回もまた、
あなたみたいに上手に切ることが出来たけれど、
やっぱり、あなたが切ってくれるそれとは違っていて。
折角綺麗に切れたのに、
あなたみたいに上手に切れるようになることと、
あなたが切ってくれることは全然違うんだなって、
落胆にも似た気持ちを感じてしまったのは、
10年振りにあなたに前髪を切ってもらったことが、
本当に嬉しかったからなのだと思います。
だって私は、いつもあなたが前髪を切ってくれていたことが、
本当に自慢だったもの。
あなたを見送り、ひとつひとつ、
あなたがしてくれていたことを自分で熟せるようになって、
いつの間にか、自分で前髪を切ることだって当たり前になっていったはずなのに、
なんだか少しだけ、寂しくなってしまったから、
ひとつ、お願いをしても良いですか。
来年のお盆には、また前髪を切ってね。
そう。
これはね、今世で出来る今度の約束です。
次のお盆を楽しみにしながら、これまで通り、
あなたみたいに上手に切れるようになった前髪に満足して、
ちゃんと前を向いて歩んで行くからさ。