あなたへ
少しずつ肌寒さを感じるようになったこちら側ですが、
薄着で出掛ける時期が既に過ぎたことを教えてくれたのは、
ここ最近の朝の冷たい風でした。
早速、私が物色したのは箪笥の中。
脱ぎ着し易くて、暖かいものが良い
出来れば少しだけ大きめが良いなって。
そうして私の目に止まったのは、あなたの服でした。
あなたを見送り、やがてあなたのものを整理し始めたあの頃、
あなたの服は全て、あの子のものとなりましたが、
これは、着る機会がなかったからと、いつかのあの子から手渡されたものでした。
長い間、仕舞ってあったあなたの服を手に取って、合わせてみれば、
私が求めたものと合致して。
ここ最近の私は、あなたの服を着て、出掛けるようになりました。
あなたの服を着るとね、なんだか不思議な気持ちがします。
そう。例えば、服に袖を通した瞬間、それから、
ハンドルを握る自分の袖口に意識が向いた時。
私の身を包んでいるのが、あなたそのものであるかのような、
そんな不思議な気持ちがするのです。
それは、あなたを見送ってから感じるようになった、
あなたが側にいるような気がするあの感じとも、
あなたに守られているような気がするあの感じとも、
どれとも違う、初めて感じた気持ちでした。
あなたを見送り、あなたの服を着るようになったあの子は、
あなたの服を着る度に、こんな気持ちを感じていたのかも知れません。
まだあどけなさの残る12歳だったあの子は、
成長と共に、少しずつ、あなたの服が似合うようになって、
あなたの服を着る機会も少しずつ増えて行きました。
成長と共に、少しずつ、鮮明だった記憶が薄れて行っても、
それでもあの子は、あなたそのものに包まれながら、
成長することが出来ていたのかも知れませんね。
傷んで、着ることが出来なくなってしまったものや、
お気に入りからの卒業。
たくさんあったあなたの服も、思えば随分と少なくなりましたが、
あなたのお気に入りだった黒のダウンジャケットは、
大人になった今でもあの子のお気に入り。
秋が深まり、やがてまた冬がやって来たのなら、
今年もまたあの子は、あの黒のダウンジャケットに身を包みながら、
あなたと共に歩むように、あの子の道をしっかりと歩んで行くのでしょう。