拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。    <夫と死別したemiのブログ>

香水

あなたへ

 

今の私が纏うのは、あなたが知らない香りです。

 

この香水を買ってから数週間が経ち、

気が付けば、随分と自分に馴染んだ香りとなりました。

 

今日の私は、何気なく香水の瓶を見つめながら、

この香水を買うに至るまでのあの日のことを思い出していました。

 

どうしても香水が欲しい!

今日、買わなきゃ駄目!

 

こんな衝動に駆られたのは、数週間程前のことでした。

 

早速、香水を見に出掛けたあの日の私は、

たくさんの香水が並ぶ店舗を幾つか見て回りながら、

様々な香水の香りを試しました。

 

売り場の端から、順番に香りを試したあの日は、

この人生の中で、

最も多くの香りを嗅いだ日と言っても過言ではありません。

 

最終的には、嗅覚が麻痺して、

どの香水が一番好みの香りであるのかが分からなくなって。

結局は、一番可愛い瓶に入った香水を買うことに決めたのでした。

 

よく考えてみれば、香水は本来、鼻に近付けるものではありません。

それなのに、あれだけの種類の香りを嗅げば、

嗅覚も麻痺してしまうでしょう。

 

最終的には、見た目で選ぶというあの日の私の決断には、

なんだか笑ってしまいますが、

偶然にも、それはあの頃の私が好きだったブランドの香水でした。

 

あの頃の私。

そう。それは、あなたが側にいてくれた頃の私です。

 

あの頃の私は、お気に入りのブランドの香水を身に纏い、

あなたと共に人生を歩んでいた筈だったのに、

あなたを見送り、香水をつけることをしなくなって。

香りを楽しむ自分のことなど、すっかりと忘れたままで、

私は此処までを歩んでいたようです。

 

強い衝動に突き動かされるかのように買い物へと出掛けたあの日は、

これまで私の中で眠り続けていたあの頃の私が、

目を覚ました日でもあったのかも知れません。

 

買ったばかりの香水を初めて纏ったあの日は、

なんだか、私が私ではないような、

知らない私に出会えたかのような、そんな不思議な気持ちがしました。

 

あれから数週間が経ち、すっかりと私に馴染んだ香りとなりましたが、

こうして思い返してみれば、

この香りを纏う前の私と、今の私とでは、少しだけ違う私なのかも知れません。

 

そしてそれは、あなたがよく知っている私へと、

また一歩近付いたとも言い換えることが出来るのでしょう。

だって、今の私は、あなたが知らない香りでありながら、

あの頃の私が好きだったブランドの香りを纏っているのだから。

 

衝動的に香水を買いに出掛けたあの日は、

あの夏に分離してしまった自分との、

統合のようなことが起こっていたようにも感じています。

 

あなたの温かなその手を離した私は、自分でも気付かないままに、

たくさんの私をあの夏に置いたまま、歩んで来ました。

 

私は何度こうして、あの頃の自分を思い出して来ただろう。

 

きっとこれからも、

こうしてあの夏に置き去りだった自分を不意に思い出しては、

あなたの側で笑っていた自分の姿を集めるように歩んで行くのでしょう。

 

やがて、あなたの側にいた頃の私が完成したのなら、

どんな気持ちがするのだろう。

 

 

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