あなたへ
さて、今日は、昨夜の話の続きを綴ってみたいと思います。
早い流れの中で出会ったひとりの女性と、
偶然、長い雑談を交わすことが出来たあの日、
彼女が聞かせてくれたのは、
数年前に自らが終わりを選んだ結婚生活についてでした。
子供たちが成人を迎えたことをきっかけにして、
自分の人生についてを見つめ直し、結婚生活を終わりにすることに決めたのだと、
こんな言葉から始った彼女の話の中で語られたのは、
夫婦喧嘩についてでした。
私ね、元主人と喧嘩ってしたことがなかったのよ
嫌なことがあっても、我慢をすることが当たり前だったの
だからね、結婚生活の中でも、嫌なことを全部、飲み込んで来たの
離婚という結論に至ったのは、
我慢の限界を迎えた結果だったんだろうなって思うのよ
こうして思い返せば、
もしも、少しだけでも、言いたいことを言えていたのなら、
もしも、喧嘩をすることが出来ていたのなら、
今も一緒に暮らしていたのかも知れないなって思うのよ
こんなふうに話を締め括った彼女は、
嫌なことがあったとしても、我慢をするのが当たり前で、
誰かと喧嘩をしたという経験は、
これまでに一度もないのだと話してくれました。
亡くなったご主人とは、喧嘩ってしたことある?
彼女からのこんな質問に対して、
主人は私の怒りポイントばかりを刺激して来る人だったから、
喧嘩ばかりしていたのだと、
こんな言葉を即答することが出来たのは、
こうして思い返してみれば、ほんの少し前まで、
あの、怒りの感情と向き合い続けて来たからだったのかも知れません。
私の言葉に笑っていた彼女は言いました。
ご主人は、一枚上手だったのねって。
そうして語られたのは、彼女から見た私の印象でした。
あなたって、とても我慢強いタイプでしょう?
頭に来ることがあっても、嫌なことがあっても、
我慢して、飲み込んで、
無かったことにしようって目を瞑ってしまうの
あなたには、なんとなく、私と同じものを感じるのよって。
そうして、彼女の言葉は更に続きました。
ご主人は、あなたのことをよく分かっていたのね
きっと、あなたが思っていることを、
言える環境を作ってくれていたってことね、と。
どんなことで喧嘩をしたのかだなんて、覚えてはいない。
あの頃の喧嘩の数々の時間は、
いつでも私が言いたいことを言えるようにと、
あなたが意図的に作ってくれていたものだったのかも知れないと、
私は初めてこんな視点から、あの頃の時間を見つめてみました。
夫婦が円満にその関係を継続させるためのやり方としては、
喧嘩だけが全てでは、きっとないのでしょう。
ですが、彼女の話を参考にしながら考えてみれば、
あの頃の喧嘩は、
結婚生活を円満に続けるためにあなたがしてくれていたことであり、
実は私にとって、
必要な時間であったということにもなるのだと思いました。
喧嘩を重ねる度に、私は、あなたに研究されていたのかも知れません。
何に怒って、何に怒らないのかを。
だからこそ、あなたは、
私の怒りポイントばかりを刺激することが出来ていたのかも知れません。
そして、感情に任せて鋭く尖った言葉をあなたへ向けてしまうことすらも、
実はあなたの中では、計算済みであったのかも知れないと、
ふと、こんな新たな視点を見つけることも出来ました。
喧嘩をしないと、本音を言わないじゃん
いつも我慢する
俺は、本当の気持ちが知りたい
こんなふうに言ってくれていたあなたの言葉を、
改めて反芻してみます。
私は、あの頃のあなたの言葉の意味を、
本当の意味では理解出来ずにいたのかも知れません。
それは、我慢をすることが当たり前で、
言いたくない本音までもが口から出てしまう喧嘩に対して、
ネガティブな感情の全てを拭い去ることが、
出来てはいなかったからだったのかも知れません。
そして、私は心の何処かでずっと、
喧嘩をしないことが良いことなのだと、思い続けていたのかも知れません。
あの頃のあなたは、
今の私が漸く辿り着いた正解を、ちゃんと言ってくれていたのに、
私は、あなたよりも6つも年上になったのに、
あの夏から、10年の月日を歩んだ筈なのに、
これまで大切なことに気が付かなかっただなんて。
私って、私ってさ、
なんだか未熟過ぎるではありませんか。
本当にごめん
ごめんね
あの日の帰り道、空に向かって小さく呟いた私の声を、
あなたは何処かで聞いてくれていたでしょうか。
何故、何の脈絡もなく、
突然に喧嘩をした数々の記憶ばかりが蘇ったのか。
それはきっと、あれから先で私に訪れる彼女との長い雑談の中で、
私の中での大きな視点を見つけるために、
必要な一連の流れだったのだと思いました。
今回は、彼女のお陰で、自分ひとりではきっと、
見つけることのできなかったであろう新たな視点をまたひとつ、
見つけることが出来ました。
私はこれまでにも、喧嘩をした記憶から、
様々に視点を見つけて来ましたが、
ひとつの物事に対する答えは、きっとひとつではなくて、
いつでも多面性を持っているものなのかも知れません。
様々な面が複雑に結び付き、
大きなひとつの物事として成り立つという見方をすることも、
きっと出来るのでしょう。
これまでに私が見つけてきた答えのひとつひとつを改めて見つめ、
結び付けて行けば、
何故だか分かりませんが、きっともう、
私たちが繰り広げたあの、喧嘩の数々に、
向き合う日はやっては来ないような、そんな気がしました。
今回、彼女と雑談をするという機会に恵まれたお陰で、
新たな視点を見つけることが出来ましたが、
それと同時に彼女は、
私に、新たな側面からの自分の未熟さに気付く機会も、
与えてくれたのだと感じています。
今回の一連の流れから、
あまりにも自分が未熟過ぎたことに気が付いてみれば、
実は少しだけ、いえ、
本当は、かなり、落ち込んでいます。
だってこのままじゃ、来世の私は、
史上最高のいい女になどなれないではありませんか。
この人生は、あと、どのくらい残っているのでしょうか。
私には、あとどのくらいの来世へ向けた自分磨きの時間が、
残されているのでしょうか。
なんだか、ため息が漏れ出てしまいそうですが、
明日からの私は、更に全力で、
自分に磨きをかけて行かなければなりません。
どんなに見つめてみても、誰かの胸の内って、
100%の理解は出来ないものなのかも知れません。
それでもあなたは、
私という存在を理解するために、ずっと向き合い続けてくれていました。
だから、今度はね、生まれ変わったあなたに、
私は何が出来るのかなって、こんな視点からもあなたを見つめながら、
成長を重ねて行きたいなって、思っています。