あなたへ
あの子からの電話が掛かってくる時って、
実はあの子から新たな何かを学ぶタイミングでもあるのかも知れないと、
こんなふうに考えるようになったのは、いつの頃からだっただろう。
此処から巣立ったあの子は、
常に新しい価値観や考え方、景色に触れながら、
そこで見つけたものを私に届けてくれるようになりましたが、
それらはいつでも、その時の私にとって、必要なものであったりもします。
あの子の言葉をひとつひとつ咀嚼しながら、話を聞けば、
それは必ずその時の私にとって必要なものへと形が変わるのです。
あの子との電話をする時間は、
鮮度の高いお守りを詰め込む時間なのだと、
先日の私は、こんな手紙を書きましたが、
あの子の中へとせっせとお守りを詰め込む私に、
あの子はせっせと、その時の私に必要なピースを埋めてくれて。
あの子との電話を切る時には、
いつでも、私に見える景色がガラリと変わっているのです。
此処から巣立ったあの子は、
どれだけ、私に見える景色を変えてくれただろう。
先日は、23歳になったあの子と初めての電話をしました。
相変わらずに、自分の道を力強く歩むあの子は、
前回の電話の時からまた一段と成長していて。
あれからのあの子が、
どれだけのものを積み重ねて来たのかが感じられると同時に、
また今回も、今の私に足りないものを運んで来てくれました。
あの子にとってのホタルみたいな存在になれたらいいな。
子育てに向き合いながら、私がこんなふうに考えていたのは、
あの子が中学3年生の頃のことでした。
あの子が道に迷った時。
あの子が前へと踏み出すことに躊躇した時。
あの子が歩む道へ、
小さな光を灯してあげられる存在になれたら良いと、
こんな気持ちであの子に向き合っていた筈なのに、
いつの間にか、教えてあげられることがなくなって、
いつの間にか、教わることばかりが増えて。
そうして、毎日少しずつ成長して行ったあの子はやがて、
巣立ちの時を迎えて。
遠くの地で自分の道を歩むあの子へ、精一杯のエールを贈りながら、
私はあの子の背中を押し続けていた筈なのに、
いつの間にかあの子は、私を導くかのように、
私が歩む道を照らしてくれるようになっていました。
ねぇ、あなた。
子育てって、本当は何だったのだろう。
子育てを終えてみて、私は、
子育てが何であるのかが、よく分からなくなりました。
小さくて、温かくて、
ただただ愛おしい存在だったあの子が、
やがて私が歩む道を照らしてくれる存在になるだなんてさ。
子育てってさ、
本当は、あの頃の私たちが考えていたものとは、
全く違うものなのかも知れませんね。
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