あなたへ
胸の中へと耳を傾けて、あなたの声を聞いていました。
こうして、私が胸の中へと耳を傾けるとね、
聞こえて来るのはいつでも、
おはよう、でも、
ただいま、でも、
コーヒーが飲みたいな、でもなく、
私を呼ぶあなたの声です。
楽しげな声で私を呼ぶあなたの声。
甘えた声で私を呼ぶあなたの声。
ちょっとだけ困った声で私を呼ぶあなたの声。
拗ねたように私を呼ぶあなたの声。
たくさんのあなたの声に耳を傾けて、
それらがちゃんと聞こえることを確認すると、
私はまた、しっかりと前を向き直して、
そこから先へと歩みを進めて行くのです。
あなたの声は、
絶対に忘れないのだと自信を持っていた筈の私ですが、
こうして時々、不意に立ち止まっては、
胸の中へと耳を傾けようになったのは、いつの頃からだっただろう。
人は、一番初めに声を忘れるのだと言います。
あなたの声が、
ちゃんと聞こえるかどうかを確認してみたくなってしまうのは、
毎日、毎日、私だけが、あの夏から遠くへと、
歩んで行かなければならないからなのかも知れません。
もしも、あなたの声を忘れてしまっても、
ビデオカメラの中には、あなたの声が残っています。
でも、それを観ずとも、
あなたの声が、胸の中にちゃんと聞こえることこそが、
私にとっての重要なことであると思えてしまうのは、
私はもうこれ以上、
あなたの何かを失いたくはないからなのかも知れません。
いつの頃からか、私はこうして、
胸の中へと耳を傾けては、あなたの声を確認するようになりましたが、
それは、私にとっての、前を向くための材料ともなっています。
あなたの声は、ちゃんと聞こえる。
だから大丈夫って、しっかりと前を向くことが出来るのです。
あなたの声は、私にとって、とても特別なものでした。
いつかの私は、あなたの声に惹かれた理由についてを、
前世でも、そのまた前世でも、
ずっと聞いていた声だったからなのかも知れないと、
そんなふうに考えた日がありましたが、
もしも、私にとってのあなたの声が特別である理由が、
ひとつではないとするのなら、
どんなに遠くに離れても、
あなたの声を決して忘れることがないように、
どんなに遠くに離れていても、
前を向いて歩むことが出来るように、
私は一番初めに、あなたの声に惹かれたのかも知れませんね。
1ページ目はこちらより↓↓