拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。    <夫と死別したemiのブログ>

人が最後に贈ることが出来るもの

あなたへ

 

ねぇ、あなた

どうして人は一番初めに声を忘れるのだろう

 

特に答えを探す訳でもなく、ただ小さな疑問を呟いたのは、

胸の中に耳を傾けて、

あなたの声を聞いていたあの日のことでした。

 

ちゃんとあなたの声が聞こえることを確認して、

しっかりと前を見据えた私が思い出していたのは、

あなたの声を思い出すことが出来ないと、

こんな話を聞かせてくれた日のあの子の声でした。

 

あれから先で、私たちは、

ビデオカメラに残されていたあの頃のあなたに逢いに行って。

あの子はしっかりとあなたの声を胸の中へと取り戻すことが出来たけれど、

それは、ある種の形として残すことの出来るものであったからこそ、

取り戻すということが可能だったのでしょう。

 

人は、一番初めに声を忘れるのだと言います。

 

ほんの少しだけ見方を変えてみれば、

どんなに取っておきたいと望んでも、絶対に取っておくことの出来ないものは、

忘れることはないということなのかも知れません。

 

あなたがこの世界からいなくなってしまっても、

あなたの声は、この世界に形として残されているけれど、

でも、あなたの温もりの形はもう、此処にはありません。

 

形として取っておくことの出来ない温もりを、

一番初めに忘れることがないのは、

人が最後に大切な人に求めるものが、温もりだからなのかも知れませんね。

 

あなたの声を忘れてしまったことに気が付いた日のあの子は、

他に忘れてしまったものはないのかと、

自分の中にいるあなたという存在のひとつひとつを確認したのかも知れません。

 

そうして、形として取っておくことの出来ないものが、

あの子の中にちゃんとあることを確認し、反芻してみたのかも知れません。

 

小さな両手であなたの大きなその手を捕まえた記憶。

あなたの腕の中へと飛び込んだ記憶。

幾つものハイタッチ。

そして、

あの夏にいたあなたの手を握り締めた記憶。

 

きっと、断片へと成り行く記憶でありながらも、

そこにはしっかりと、

あなたの温もりが残り続けていたに違いありません。

 

どうして人は一番初めに声を忘れるのだろう。

 

何気なく呟いた疑問への答えは見つからなかったけれど、

形として残しておくことが出来ないにも関わらず、

温もりを記憶として留めておくことが出来るのは、

人が最後に贈ることが出来る愛だからであり、

それは、言葉や行動、全てを取り払った時に残る純粋な愛だからこそ、

残り続けるのかも知れないと、

ふと、こんな視点を見つけることが出来ました。

 

 

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