あなたへ
あなたと過ごした16年間の中に、
あの夏から先へと歩んだ私に必要なものがきっと全部詰まっているのだと、
こんな視点を見つけたのは、いつの頃のことだったでしょうか。
でも、よく考えてみれば、ひとつだけ、
あの16年間には収まってはいないものがありました。
いつかの私が、一生分の我儘と名を付けた私の我儘は、
あなたと過ごした16年間からはみ出た部分であると、不意に気が付いたのです。
夢の中で、家族3人で過ごしたい。
これは、この世界からいなくなってしまったあなたへの、
私の最後の我儘でした。
まだこっちに来てはいけないよ
こんな言葉を私に伝えるために、夢の中にあなたが出て来てくれたのは、
あなたのその温かな手を離してから、どのくらいが経った頃だったでしょうか。
あの夢の中にいた私は、
あと少しで、あなたの側に行ける筈だったのに、
あなたにそれを止められて。
あなたと一緒にいることが出来ないのならと、
私はあの日、あなたに最後の我儘を言ったのでした。
それなら、夢の中で、家族3人で過ごしたいと。
あの夢を見た日から、私は時々、
家族3人で過ごす夢を見るようになりました。
夢の中での時間が幸せ過ぎて、目が覚めても、何度でも、
夢の中へと戻ろうとした幾つもの朝がありました。
家族3人で過ごす時のあの気持ち。
家族3人で過ごす時のあの雰囲気。
家族3人が揃った時にだけ感じることの出来るあの空気感は、
私にとってのかけがえのない場所でした。
夢から覚めれば、落胆の気持ちを感じてもいたけれど、でも、
あなたが最後に、私の我儘をひとつだけ聞いてくれたことが、嬉しくもありました。
この世界にその姿は見えなくとも、
あなたはきっと、消えていなくなってしまったわけではないのだと。
だからこそ、あなたは、私の我儘を聞いてくれたのだと、
私にとっては、そんな証拠をひとつ、見つけたような気もしていたのでした。
あなたと過ごした16年間の中で、
あなたは私の我儘を、どれだけ聞いてくれただろう。
たくさんの我儘を聞いてくれていた筈なのに、
あなたはひとつだけ、
あの16年間の中には収まり切らなかった私の我儘を聞き続けてくれているのだと、
今日の私は、これまでに見た数々の夢の中での時間を振り返りました。
こうして振り返ってみれば、
新しい朝を迎えたいとも、
あなたがいないこの世界を生きたいとも思えなかったあの頃の私には、
何かの危うさが見えてもいたのでしょう。
あの頃の私は、
あなたに、とても心配を掛けていたのかも知れませんね。
今、思えば、私の生をこの世界へと繋ぎ止めて置くために、
あなたが取ってくれた手段でもあったのかも知れません。
でも、私の最後の我儘を聞いてくれたことが、私はとても嬉しかったよ。
いつからだろう。
あんなにも家族3人で過ごす夢を見ていた筈なのに、
その頻度は、いつの頃からか、少しずつ減って行きました。
それは、私がちゃんと前を向いて歩めるようになったからなのかも知れません。
それでもあの、私の最後の我儘は、聞き入れ続けられていて、
私は今でも、家族3人の形の中で過ごす夢を見ます。
あなたはきっと、
あの夏に立ち止まって泣いていた私の言葉を、
ずっと忘れずにいてくれているのでしょう。
あの夏から何年が経っても、私の我儘を聞き続けてくれているあなたへ、
今日はありがとうを伝えたいと思いました。
あなたが私の気持ちを大切にしてくれたから、
私は此処まで歩んで来れたよ。
本当に、ありがとう。
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