あなたへ
それは昨夜のことでした。
あなたへの手紙を送り、一息を吐いた私の視界の端に映り込んだのは、
絶対に、我が家に存在してはいけないアレでした。
G です。
なんと、この我が家にGが現れたのです。
なんということでしょうか。
たった一度だけ、我が家にGが現れたあれ以来の襲撃です。
視界の端に映り込んだ黒色に視線を向けた瞬間に、
びっくりし過ぎて飛び上がった私と、びっくりしたように逃げたG。
昨夜はこうして、Gと私の恐ろしい時間が始まったのでした。
え?あなた?
あなたなの?
あな・・・た?
放心状態のまま、こんな言葉を呟いてしまったのは、先日の夢のせい。
ですが、私はしっかりと目を覚まさなければなりません。
今、目の前に現れたアレは、紛れもなくあなた以外です。
もしも、万が一にも、あなたがGとして現れるのであれば、
あなたは絶対に、私を驚かせるような登場の仕方はしない筈だもの。
そう。きっとあなたなら、その姿は見せないままに、
物陰に隠れたままで、私の名前を呼ぶのよ。
そうして、私の心の準備が出来るようにと、
自分がどのような姿であるのかを説明してくれる筈なのです。
しっかりと現実を見据えた私は、先ず初めに、何をしたと思いますか。
実は、自室に逃げました。
だって、互いに驚いたあの瞬間、敵は何処かへ逃げたもの。
もう、何処へ行ったか分からないもの。
このまま、なかったことにしてしまうのもまた、
向き合い方のひとつではないかと、こんな考えが頭を過ってしまった私は、
そそくさと自室へ逃げました。
あの子隊長と共に戦いへと挑んだあの日の私は、
一切迷うことなく、戦闘体制を整えました。
あの日の私が勇敢に戦いに挑む決意が出来たのは、
あの子隊長という立派な戦士がいてくれたからなのです。
ですが、あの子隊長が脱退した今、私に何が出来るでしょうか。
私は・・・
私は・・・
カメムシらしき生き物へ声を掛けながら、ビニール袋の中に誘導し、
外へ連れ出すという技を身に付けたばかりなのです。
それなのに、いきなり大ボスの登場ですか?
自室へと篭り、盛大に弱音を吐いた私でしたが、時間を掛けて、冷静に考えました。
よく考えてみれば、
このままでは、奴との共同生活になってしまうではありませんか。
それだけは、何としても避けなければなりません。
あの子隊長が立派に戦い抜いてくれたあの夜を思い出せば、足が竦みますが、
それでも私には、
ひとりで挑まなければならない夜がやって来たのだと腹を括ると、
漸く、自室から出たのでした。
あの夜以来、触っていなかった殺虫剤の類がしまってある棚を探ってみれば、
見つけたのは、強力そうな殺虫剤でした。
すっかり忘れていましたが、我が家にGが現れたあの翌日の私は、
念の為にと、一番強力そうな殺虫剤を買っておいたのです。
これを使う時が、やって来たのです。
新品の殺虫剤の封を切り、静かに戦闘体制を整えると、辺りを見回しました。
やはりその姿は何処にもありません。
それならばと、私は、
先程、逃げたであろう棚の裏側へとスプレーを噴射しました。
そこは、覗き込めるスペースがない隙間。
目視が出来ないままに耳を澄ましてみると、微かに音が聞こえたのです。
やはりそこか!そこにいるんだな?
私は更に、棚の裏側へスプレーを噴射しました。
やがて何の音もしなくなったことを確認した私ですが、
なんとも言えない不安な気持ちに襲われました。
私がスプレーを噴射したことにより、
敵は安全な場所へと逃げただけではないのかと、こんな予感がしたのです。
棚の裏でないのであれば、何処なのか。
天井、そして壁を見回した私の耳に届いたのは、微かな音。
ゴミ箱だ!
瞬時に察知した私のその予感は的中しました。
奴は、何故かゴミ箱の中にいたのです。
私は遂に、奴を追い詰めました。
絶対に、ゴミ箱の外に出られないようにと、
もう、これでもかとばかりの攻撃を食らわしました。
いつでも逃げることが出来るようにと、
かなり腰が引き気味な体制で挑んだ戦いでしたが、
私は、無事に勝利を収めることが出来たのです。
ゴミ箱の中で発見したことにより、私は、
何も見ないままに、片付けまでを終えることが出来ましたが、
それでも、手は震え、そして、相変わらずに腰は引き気味で、
これまでにはしたこともないような個性的な格好であったことを、
あなたにも報告しておこうと思います。
誰にも見られたくない格好ではありましたが、決して恥ずかしくはありません。
これは、立派に戦い抜いた勇者のポーズなのです。
前のめりに転んで、漸く立ち上がったかと思えば、
今度は最も会いたくなかった訪問者に掻き乱されて。
昨夜の私は、色々な意味で疲れ過ぎて、暫く放心状態が続き、
寝る支度を整えるのが随分と遅くなってしまいました。
でも、ゴミ箱の中で奴を発見した時に、私は思いました。
これもまたきっと、あなたの力が働いているんだろうなって。
だって、奴が逃げた先がゴミ箱の中だなんて、
どう考えても、出来過ぎた展開です。
この人生の中、時には予期せぬ出来事が起こることもあるけれど、
私は、本当に強く守られながら、
この人生を歩むことが出来ているんだなって、
昨夜は、そんな証拠をまたひとつ、集めることが出来た夜でもありました。
きっと助けてくれたあなた。
ありがとう。
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