あなたへ
ねぇ、あなた。
空ってさ、
大切に想う人たちみんなと繋がるものなのかも知れないね。
もしも今日、あなたと話をすることが出来たのなら、
こんな私の声に、あなたはどんな言葉を返してくれるのだろう。
例えば、あなたを想う時も、父を想う時も、
そして、6つ年上だった友人を思い出した時も、
私はいつでも空を見上げます。
それから、遠くの地で自分の道を歩むあの子を想う時も、
過去に出会ってくれた素敵な人たちを不意に思い出した時の私もまた、
無意識に空を見上げているのです。
同じ空の下、元気にしているかなって。
大切な人を想う時の私はいつでも、
空を見上げているような気がします。
ひとりひとり歩む人生が違うし、そして、生の長さも違う。
この世界に永遠という形は存在しないし、
歩く歩幅も違えば、選ぶ景色も違うけれど、
それでも空だけは、いつもひとつで。
今、一緒に、空を見よう。
もしも今、私が、この世界にいる誰かに電話を掛けて、
こんな言葉を掛けたとしたのなら、
電話の向こう側にいる相手は、今いる場所から空を見上げてくれるのでしょう。
別々の場所にいたって、見上げた空の続きには、必ず相手が見ている空があるのよ。
全く別な人生を歩んでいる2人なのにね。
それはきっと、そちら側だって同じ。
もしも今、そちら側にいるあなたに、同じように声を掛けたとしたのなら、
私たちは、同じ空を見つめるのでしょう。
あなたがどんな世界にいるのか、本当のことなど知らなくとも、
見つめる空は私と同じ。
だって、空はひとつしかないもの。
歩む道が違っても、存在する世界が違っても、空だけは、いつでもひとつで、
絶対に大切な人と繋がっているから、私は、大切な人を想う時に、
無意識にも空を見上げてしまうのかも知れません。
ひとりで悩んで考えて、立ち止まって振り返って。
人生の中には、時に孤独との戦いのような場面が訪れます。
それは、全く同じ人生を歩む人が、
何処を探したって存在しないからなのかも知れません。
ですが、ひとつの空で繋がれたこの世界には、
実は完全なひとりぼっちは、
誰もいないということなのかも知れないと、
不意に空を見上げた今日の私は、ふと、こんなことを考えました。
個々に見えても、ちゃんと大切な人たちと繋がり合いながら、
それぞれの人生を、安心して、しっかりと歩むことが出来るように、
空は、ひとつなのかも知れませんね。
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