拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。    <夫と死別したemiのブログ>

幼かった頃のあの子が私たちに伝えてくれていたこと

あなたへ

 

昨日の私は、

あなたに逢いたいあまりに叫んだ心の声を文字にしましたが、

あなたへの手紙を送り終えると、

ふと、自分の気持ちと重なって見えたのは、幼かったあの子のことでした。

 

来世では、あなたの側から離れたくないというこの気持ちと、

幼い子の後追いは、実は同じものなのかも知れないなって。

 

幼い子には、後追いをする時期がありますが、

あの、後追いの時期というのは実は、

今の私が感じている気持ちと全く同じ気持ちで、

逢いたくて、逢いたくて、堪らなかった、と、実はこんな気持ちが、

どこへでも着いて来るというあの行動に出ているのではないかと、

こんなふうにも思えたのでした。

 

例えば、今世、この世界へと生まれ落ちた本人には自覚がなくとも、

前世や、生まれる前の記憶はきっと、

潜在意識の中には、しっかりと刻まれているのでしょう。

 

その記憶などなくたって、

あなたと出会ったあの日の私がはっきりと、この人だと感じることが出来たように、

明確な理由などなくとも、この人と離れたくないという気持ちだけが、

はっきりと自分の中に聞こえるものなのかも知れません。

 

子供の後追い。

それは、成長過程でのものであると、

この世界では、そんなふうに解釈されていますが、

新たな視点から、あの頃を見つめてみるとするのなら、

実は、あの子は、私たちがこの世界へと生まれ落ちて、

大人へと成り行く姿を、

そして、私たちが出会う日を、あの子は何処かで見守りながら、

私たちの元に生まれて来る日を、

楽しみにしながら待っていてくれたのかも知れません。

 

そして例えば、前世でも、そのまた前世でも、

何らかの特別な形で、私たちとの繋がりがあったとするのなら、

私たちは、あの子にとって、

逢いたいのに、逢えなくなってしまった相手であったのかも知れません。

 

そこに血の繋がりがあったのか否かは分かりませんが、

人との出会いがあれば、必ずやって来るのは、別れです。

 

今のあの子が覚えてはいない悲しみや苦しさと向き合い続けた記憶がもしも、

あの子の中に密かに刻まれているのだとしたのなら。

 

私の半径1メートル以内にいなければ気が済まなかったあの頃のあの子の姿を、

そして、あなたが仕事から帰って来れば、お風呂場まで付いて行って、

ドアにピタリと貼り付いたまま、

あなたに話し掛け続けたあの子の姿を思い出してみます。

 

こうして振り返ってみれば、それはただただ可愛かったあの子の姿だけれど、

その最中にいた私たちは、

時々には、ひとりになりたかったことだってあったし、

あの子が眠った後には、少しだけホッとしてしまった夜だってありました。

 

でも、こうして新たな視点から、あの頃のことを見つめてみるとするのなら、

実は、あの頃のあの子は、懸命に、

私たちに伝えてくれていたのかも知れませんね。

 

逢いたかったよ

ずっとずっと、この時を待っていたんだよ

もう、片時も離れたくないよって。

 

 

 

www.emiblog8.com

 

 

1ページ目はこちらより↓↓

拝啓、空の彼方のあなたへ - 拝啓、空の彼方のあなたへ