あなたへ
昨夜の私の中へとふと蘇ったのは、
ちょっとだけ怖い話として、
私の記憶の奥へと仕舞われていたエピソードでした。
昨夜の私は、何気なく、あの子のこれまでの成長を振り返り、
大きくなったなって、こんな気持ちで、
私が集めたあの子の笑顔を振り返っていた筈だったのです。
それなのに、不意に私の中へと蘇ったのは、
あの子が聞かせてくれた、ちょっとだけ怖い話でした。
何故だか昨夜から、頭から離れないままに、
私の中へと留まり続けるあの話を、
今日は、あなたにも話してみたいと思います。
あれは、あの子がまだ中学生の頃のことでした。
学校行事の中でも、最も浮き足立つイベントと言えば、
修学旅行であるのは、きっと、どの時代も変わらないのでしょう。
友人たちとの初めての長い旅行に胸をときめかせ、
旅行の準備を進める日々の中で、
何故だか噂が飛び交うのが、旅行先に纏わる怖い話であるのもまた、
代々引き継がれる伝統行事のようなものでもあるのかも知れません。
そう。特にそれが、宿泊先に纏わるものであるのは、
恐らく、学校行事における宿泊先というのが、
学校によって、代々同じ場所と決まっているからなのでしょう。
私の時代にも確かに同じ流れがあったように、あの子もまた漏れなく、
不穏なエピソードを聞きつけたようでした。
あの子の宿泊先での噂がされていたのは、
そこで写真を撮ると必ず、何かが映るというもの。
二泊目に泊まる場所がヤバいらしいよ
代々引き継がれて来たのであろう噂話をあの子が聞かせてくれたのは、
間も無く旅行へと出発する頃のことでした。
そこでは、絶対に写真を撮らないでね
携帯電話を持って行ってはいけないとのルールから、
あの日の私はこんなお願いをしながら、あの子へデジカメを渡したのでした。
幾晩かに渡るあの子がいない夜を過ごしながら、
あの子がやがて巣立った後は、これが自分の日常の夜となるのだと、
あの頃の私は、「今頃のあの子」を、幾度も思い描きながら、
あの子のただいまの声を待ち侘びて。
幾つかのひとりの夜を過ごし、
やがて、あの子の元気なただいまの声が聞こえました。
旅先での時間が、どれほど楽しいものであったのかを聞かせてくれたあの子の話は、
やがて、例の噂のある宿泊先での出来事へと移って行きました。
あの子以外の誰もが、それぞれに、
部屋の中での楽しげな様子を写真に収めたのだそうですが、
1枚も、普通の写真がなかったのだと言います。
何故だかモヤ掛かった写真、幾つもの光が飛び交う写真。
そして、中には、
こちら側の住人ではない筈の方の姿が、はっきりと。
代々の言い伝え通りのことが起こった宿泊先だったわけですが、
あの子は写真を撮りませんでした。
ということは、あの子の写真には、何も起こらない筈であるにも関わらず、
何故だか、それまでの写真のデータが全て消えてしまったのだと言います。
あの子達が泊まった場所。
そこは確かに、
何か見えない力が、強く働く場所だったに違いありません。
俺の思い出の写真が消えちゃったんだよ
あの時のあの子は、とても悔しそうにしていましたが、
あの日の私は、
データが消えてしまった理由があるとするのなら、
実は、あの子を守るために働いた、あなたの力だったのではないかと、
漠然とこんなふうに考えていたのでした。
これは、あなたを見送り、
何処が前であるのかも分からないままに歩んでいたあの頃の私の記憶。
泣きながら歩んだあの頃の私はきっと、無意識に、
私の中の奥深くへとこの記憶を封印してしまったのでしょう。
これまでに一度も思い出すことがなかった筈なのに、
何故だか不意に蘇った記憶は、私の中へと留まり続けて。
何度も反芻せざるを得ない私の中では、どんどん様々な妄想が膨らんで、
ちょっとだけ怖いエピソードだった筈なのに、
とても怖い話へと進化して行きました。
もしかしたら、あなたに話をすることが出来たのなら、
もう一度、ちょっとだけ怖い話へと戻るのかも知れないと、
こんな期待を込めて、こうして文字を綴ってみましたが、
なんだか、余計に怖くなってしまったような気もしています。
実は私は、不意に怖い話を思い出してしまった夜には、
お布団や毛布なんかに、
しっかりと包まれながらでなければ眠れないという習性を持っています。
季節は夏ではありますが、昨晩同様、今夜の私もまた、
エアコンの温度をいつもよりも下げて、
しっかりと毛布に包まりながら眠るしかなさそうです。