拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。    <夫と死別したemiのブログ>

青春の1ページ

あなたへ

 

これも、青春の1ページだよ

 

夏の空を見上げた私の中へと不意に蘇ったのは、こんな声でした。

これは、中学生時代の友人の声。

 

蘇った声に耳を傾けてみれば、あの日見た景色までもが鮮明に蘇って。

 

そう。あれは、私の中学生時代の夏休みのある日のことでした。

何故、そうなったのか。

あの日の私たちが、突然に思い付いたのは、

隣の県まで歩いて行ってみようという、今思えば、なんだか笑ってしまう遊びでした。

 

自転車という移動手段がありながらも、

何故、あの日の私たちが徒歩を選んだのかは覚えてはいないけれど、

夏休みというのは、

普段は考えもつかないようなことをしてみたくなってしまうのかも知れませんね。

 

あの頃は、携帯電話もなければ、インターネットも身近ではなかった時代。

思いつきの遊びだったこともあり、地図も持っていなかった私たちは、

道路案内標識だけを頼りに、ただひたすらに歩いたのでした。

 

私たちが暮らす此処は、特に県境などではありません。

現実的にそれを実現させるのであれば、細部に渡る計画が必要でしょう。

 

特に何の計画も立てないままに、

ただの思いつきでそれをしてみたあの日の私たちは、

そこへ向かって歩くという時間が、ただ楽しかっただけだったのかも知れません。

 

結局、あの日の私たちは、市内から出ることすら出来ないままに、

帰らなければならない時間を迎えてしまいましたが、

私たちが暮らす市内でありながらも、

知らない道を歩くことが出来たことに、なんだか満足しながら、

疲れを感じ始めた体でゆっくりと、いつもの見慣れた景色の中へと帰ったのでした。

 

これも、青春の1ページだよ

隣から聞こえたこんな声に笑いながら。

 

そんなこともあったなって、私の中学生時代を見つめてみれば、

自然と蘇ったのは、あの子の成長でした。

 

思えば、中学生だったあの子にもこんな頃がありました。

 

中学生だった夏休みのあの子が挑戦したのは、自転車で海まで出掛けて、

バーベキューをするというものでした。

 

バーベキューセットや食材、

飲み物なんかを自転車に積んで出掛けたあの日のあの子のただいまの声は、

いつもよりも元気いっぱいで。

 

楽しかった時間を話して聞かせてくれたあの子の声は、今でもよく覚えています。

 

自転車で海まで出掛けたあの子。

隣の県を目指して、歩いた私。

 

こうして振り返ってみれば、中学生時代というのは、

何処か遠くを目指してみたくなるものなのかも知れません。

 

子供という括りの中に存在する程に、

自分は幼くはないのだと主張しながらも、

自分はもう立派な大人なのだと主張するには、

少し早いような気もしてしまう。

 

そんな時期を迎えると、なんだか、巣立ちの練習でもするかのような遊び方を、

するものなのかも知れませんね。

 

自分の力で、少しでも遠い場所を目指して出掛けてみようって。

 

どんなに時代が移り変わっても、

私もあの子も、似たようなことをしながら大人へと成長したんだなって、

今日の私は、自分の成長を、そして、あの子の成長を並べながら、

蘇った記憶を大切に反芻しました。

 

ねぇ、中学生だったあなたは、

どんな夏休みを過ごしていましたか。

 

もしも此処に、

その胸の中に仕舞われた思い出も一緒に並べることが出来たのなら、

今日の私は、どんな気持ちを感じることが出来たのだろう。

 

 

 

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