私は、何処までも真っ直ぐに続くこの一本道がとても好きだ。
今日の私が、爽やかな風を感じながら、ただのんびりと歩いているこの一本道は、
本当は、夫と一緒に、いつか歩いてみたかった場所だった。
川に沿ったこの一本道には、桜の木が並んでいて、
春の始まりには、ピンク色一色に染まる。
いつか、今よりもずっと歳を重ねたら、桜の季節に、
此処を夫と2人でゆっくりと歩いてみたいと、漠然とこんなことを考えていたのは、
子育てに追われながら、楽しくも慌ただしく日々が過ぎ行く中でのことだった。
夫とあの子と私。
家族3人が、当たり前の私たちの形であった筈なのに、
あの頃の私が漠然と夢見た未来を迎える前に、夫は亡くなった。
あの子ーーー夫との間に生まれた息子ーーーは、あの頃まだ中学1年生だった。
私はただ、夫と一緒にあの子の成長を見守りながら、
ずっとずっと一緒に歳を重ねて、
いつか此処から2人で桜の景色を観たかっただけなのにさ。
ささやかだった筈のあの頃の私の願いはもう叶うことはないけれど、
私は、夫を想って泣くことはもう辞めた。
だって、私のこの人生に見える景色は全部、
夫と出会うことが出来たから見える景色だと気付くことが出来たから。
夫はもう、この世界にはいないけれど、
夫を亡くしてからの私に瞳に映る景色もまた、
夫が見せ続けてくれる景色であることに、きっと変わりはないのだと。
これは、たくさん泣いて、泣いて、泣いて、やがて見つけた私の結論だった。
そう。それにね、此処に来ると必ず私の中に蘇るの。
手でも繋ぎますか?って、いつかの夫のこんな声が。
私たちが結婚し、家族になって、やがてあの子が生まれて。
いつの間にか繋ぐことのなくなっていた大きな手を、
夫が差し出してくれたのは、いつのことだっただろう。
此処に来るといつも思い出すのは、
あの時、不器用に手を差し出してくれた夫の姿だった。
いつか、あの子が大きくなって、夫と2人だけの生活へと戻ったのなら、
時々にはまたこんなふうに、手を繋いで歩く日が来るのかなって、
あの日の私は、夫の大きな手に包まれながら、そんなふうに考えていたんだ。
あの時の夫の声が蘇れば、私はいつでもふわりと温かなものに包まれて、
まるであの頃の夫と手を繋いで歩いているかのような気持ちにさせられるんだ。
そう。こんなふうに、右手にとても温かな・・・
・・・え?
・・・なんで?
とても温か過ぎるような気がする右手を気にして、右側を向けば、夫がいる。
え?
・・・私は今、夫と目が合っている。
亡くなった筈の夫と、しっかりと手を繋ぎながら、見つめ合っているではないか!
「え?」
思わず声を上げれば、すぐ隣にいる夫も声を上げる。
『え?』
そうして私たちは、同時に叫んだ。
『「えぇぇぇ???」』