『人はね、皆、幸せになるために、この世界に生まれて来るんだよ。』
人生は修行だ、とか、学びだ、とか、
人生に対する考え方や捉え方は様々に出来るけれど、
その大前提にあるのは、幸せになるためなのだと、夫は、こんな話を聞かせてくれた。
修行のようにも感じる日々の中でしか見つけられないものがあるように、
学びと感じる日々の中にもまた、そこでしか見つけられない何かがある。
修行とか、学びと聞くと、苦しいとか、辛い、とか、
そんな感情と結び付くようにも思えるけれど、それはあくまでも、通過点に過ぎず、
実は必ず幸せに結び付くように出来ているのだと言う。
『それはね、悲しみも苦しみも痛みも同じなんだよ。』
自分の中に生まれる様々な感情を知ることは、人生を豊かにすることと同じであり、
それは様々な幸せを知るためでもあるのだそうだ。
『そして、この世界に生まれ落ちて、幸せになることは、
向こう側を【創る】ことにも繋がっているんだよ。
それは、向こう側を創るためにこの世界に生まれるとも言えるの。
それなのに、だよ。』
本当なら、どんどん創られ進化し続ける筈であるのに、
向こう側は殆ど何も変わらないどころか、
少しずつ、退化するようなことが起きているのだと夫は、ため息を吐いた。
それは、この世界に存在する人たちの多くが【囚われている】から、なのだと言う。
『我慢や苦労、憎しみや悲しみ。
ネガティブに聞こえる感情を感じること自体は通過点であるにも関わらず、
そこに囚われたままでいる人も実は多い。
それが通過点であることには気付けずに、
ひとつの人生の終わりまで囚われたままでいる人、そして、
自らが望んで囚われ続ける人も多い。
本当は、幸せになるって決めて生まれて来ているのにさ。』
「私たちがこの世界で幸せになることが、向こう側を創ることに繋がるの?」
『そうだよ。』
「どうして?」
『2つの世界は繋がっているから。』
「じゃぁ、幸せにならなかったら、向こう側を創ることにはならないの?」
『ならないね。』
「どうして?」
『プラスのエネルギーが届かないから。』
幸せに生きることは、プラスのエネルギーを発生させることと同じであり、
それは向こう側を創ることへと繋がるのだと、夫は、こんな話を聞かせてくれた。
『幸せに生きることってね、伝染するんだよ。
最初は小さなプラスのエネルギーだけれど、伝染して、伝染して、
最終的には、大きなプラスのエネルギーになって行くの。
幸せに生きることが、最終的には、向こう側をも創ることへと繋がって行くんだよ。』
「私が幸せに生きていたとしたら、それが誰かにも伝染するの?」
『そうだよ。よく思い出してみて?これまでにもそんな経験ってなかった?』
ーーー思えば、あったかも知れない。
そう。例えば、あの子。
2年前に、社会人となり此処から巣立ったあの子とは、時々電話で話すけれど、
必ず報告し合っているのは、前回の電話からそれまでの間に、
何を頑張って来たのかについてだ。
私が頑張って来たことを伝えれば、電話の向こう側から聞こえて来るのは必ず、
俺も頑張らなくちゃって、こんな前向きな言葉だった。
それは逆もまた同じ。
あの子がどんなふうに頑張って来たのかを知れば、
私も頑張らなければと、やる気が漲って来る。
そうして、明日から、どんなふうに日々を過ごすのかを思い描いてみるのだ。
『そう。それもまた、プラスのエネルギー。
なりたい自分に向かって生きるのって、幸せなことだからね。』
私から発せられたプラスのエネルギーは、
あの子にも伝わって、それはあの子の活力へと変わり、あの子もまた、
プラスのエネルギーを発する。
そうしてそれは、あの子の周りにいる人たちにも影響されて行き、
どんどんプラスのエネルギーは拡大されて行く。
例えばそんなふうに、私から発生したプラスのエネルギーは、
実は何処までも伝わるものなのだそうだ。
『今のは、分かりやすい例え話だけれど、もう少し厳密に言うのなら、
知らなくても実は同じことが起こっているんだよ。』
それは例えば、私がとても幸せな気持ちを感じている時、それをあの子に話さずとも、無意識の領域下であの子はそれをキャッチして、同じことが起こるのだと言う。
『魂は繋がっているから。』
「魂?」
『俺たちも、この世界に生きる人たちも、どっちも魂で出来ているんだよ。
この世界に生きている人たちは、それを忘れているだけ。』
思えば私は、夫を亡くしてから、様々な不思議な体験をするようになった。
そう。例えば、明日起こる出来事を、夢の中で夫が教えてくれたこと。
夫しか知らないパスワードの番号が、
ふと頭の中へと浮かんでそれを解除すること出来たこと。
数え切れない程の不思議な体験を通して私は、
夫は目には見えなくなってしまったけれど、
魂で繋がっているのかも知れないと考えるようになった。
そしてそれはあの子もまた同じだった。
笑顔を作りながらも、実は落ち込んでいる時に限って、
あの子は突然に、その時の私に必要な言葉を掛けてくれたり、
丁度、食べたいと思っていたのものを、
ジャストなタイミングで買って来てくれたこともあった。
生きているのか、生きていないのか。
実はそれは関係なく、魂はどこかで繋がっているのかも知れないと、
私はいつの頃からか、こんなふうに考えるようになっていたのだ。
目には見えないものを言葉にすることはとても難しく、
これまで私は、このような話を誰かにしたことはなかったけれど、
やはり、私が感じていたことは、間違いではなかったのだろう。
これまでに起きた様々な出来事を振り返る私の耳に届いたのは、夫の更なる声だった。