拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。    <夫と死別したemiのブログ>

亡き夫と過ごした7日間 14

「ところで、マイナスのエネルギーの塊みたいな人たちは、今、どうしてるの?」

 

これは、密かにずっと疑問に思っていたことだった。

 

『多分、今もみんなで洗ってると思う。』

 

「え?マイナスのエネルギーって、洗えば落ちるの?」

 

『分からない。こんなことは初めてだから。』

 

マイナスのエネルギーの塊のようになって還って来た魂は、

ずっと俯いたままで、一言も言葉を発しないのだと言う。

 

『人間の言う言葉を発するとは違うけれど、

向こう側にも、意思の疎通の仕方があってさ。』

 

それは、昨夜、夫があの子に話していたようなテレパシーのようなものを指すらしい。

 

『でもさ、マイナスのエネルギーで還って来た魂は、

どの魂も皆同じで、何も話そうとしない。

だから、俺たちもどうしたら良いのか分からないんだけれど、

思い付いた方法が、プラスのエネルギーで洗うというやり方だった。』

 

夫が物質化される前までは、洗われている段階だったから、

それからどうなったのか、全く分からないのだそうだ。

 

「ねぇ、プラスのエネルギーを発生させて、向こう側を創ることが目的なら、

どうして人は、何も知らずに生まれて来るの?」

 

この世界にマイナスのエネルギーが存在することは理解出来た。

でも、プラスのエネルギーを発生させることが目的であるのなら、

生まれて来た目的を忘れなければ良いことではないのか。

 

そうすれば囚われ続けたまま人生を終える人など、誰もいない筈であり、

誰もがしっかりと人生を歩むことが出来るだろう。

 

その方が、たくさんのプラスのエネルギーを向こう側に送ることも出来ると思う。

全てを忘れて生まれるというのは、非常に効率が悪いのではないか。

こんな私の言葉に、夫は笑っていた。

 

『例えばさ、冒険が出来るアミューズメント施設に行ったとして、

入る前から攻略法が全部公開されていたら入りたい?

宝物が隠されている場所も公開されているし、

敵がどこに潜んでいるのかも公開されているの。

一見して近道に思える道には、途中に崖崩れがあって、それ以上は進めませんから、

遠回りで進んだ方が、実は早くゴールに辿り着けますよって、

入り口で、こんな説明までされちゃったとしたら、入りたい?

それと同じだと考えてみて?』

 

あぁ、確かに。

そんなアミューズメント施設があったとしたら、私は入らないだろう。

だってきっと、楽しくない。

 

『どうして、アミューズメント施設は攻略法を知らない方が楽しめるのに、

人生はそれじゃダメなの?』

 

夫の言葉に、思わずハッとさせられた。

確かに。確かにそうだ。

私はいつの頃からか、人生に対して、

効率ばかりを求めるようになっていたような気がする。

 

それは、なりたい自分という未来像があって、

この人生の中で、やりたいことがたくさんあるからなのだと、

ずっと思っていたけれど、よく考えたら、そうではないのかも知れない。

 

学校へ通うようになれば、やがて教わるのは、如何に効率的に勉強するかであり、

社会に出れば、効率的に仕事を進めることが求められた。

 

いつの間にか私は、自分自身に対する全て、

いや、もっといえば人生全てにおいて、

効率ばかりを求めるようになっていたのではいのか。

 

確かに、この世界には、時間というある種の縛りのようなものがある。

効率的に物事を進めることは大事だ。

 

でも、私は、人生の中には、無駄なことなどひとつもないと、頭では理解しながらも、

全てにおいて、効率的に物事を進めることが、正しい生き方であると、

根底の深い部分には、こんな考え方を持って生きていたのかも知れない。

 

これって・・・

これってさ・・・

 

ひとりでぶつぶつと呟きながら、やがて、知らなかった自分を見つけてしまった私は、

思わず大きな声を出してしまった。

 

「囚われていたってこと?」

 

夫は、隣で笑っている。

 

『人生の中には、本当に色々なことがあって面白いね。

人生は、とても長い冒険みたいだ。

これまで、当たり前だと思っていた自分の考え方に疑問を持てば、

そこに隠れていたのは、これまで知らなかった自分だったりしてさ。

そんな自分を見つけることは、宝物探しと似ているよね。

自分のことなのに、人は自分のことをまるで分かっていない。

知らないってさ、ワクワクするよね。』

 

私はこれまで、体の何処かに余計な力を入れて歩み続けていたのだろうか。

なんだか急に力が抜けて、体が軽くなったような、

不思議な気持ちが身体中を駆け巡った。

と、同時に、ふと、疑問が湧いた。

 

私がずっと無意識にも、囚われ続けていたとするのなら、

私はこれまでの間ずっと、マイナスのエネルギーを発生させていたのだろうか。

 

『いや。そんなことはないよ。

この世界は、白と黒だけに別れている訳じゃないからね。

この前はさ、極端な話を例に挙げたけれど、

厳密に言えば、プラスのエネルギーを発生させながら、囚われている人もいるよ。』

 

それは例えば、私みたいな人なのだと言う。

ただ、囚われている人とそうでない人とでは、大きな違いがあるのだそうだ。

 

『自分に翼があるとイメージしてみて欲しい。

プラスのエネルギーを発生させることは、

どこまでも高く上昇するようなイメージなんだよ。

囚われている人には、常に重りが付いているから、

上を目指して飛んでいても、なかなか上昇出来ない。

そして、疲れる。だって、余計な重りが付いているからね。

それに対して、囚われていない人はね、軽く上昇出来てしまうんだよ。

邪魔なものは、何も持っていないからね。』

 

故に、余計なものを持たずに、プラスのエネルギーを発生させられる人の方が、

より強いエネルギーを発することが出来るとも言える。

そして、囚われたままで、プラスのエネルギーを発することは、

弱いエネルギーしか発することが出来ないのだそうだ。

 

『疲れるのは、マイナスのエネルギーでもあるからさ。』

 

「じゃぁ、私は今まで、自分に重りを付けて飛んでいたってこと?」

 

『そうなるね。』

 

「最悪じゃないの!!」

 

『どうして?』

 

「えっと・・・だって。」

 

効率が悪いと思ってしまった。

だって、そんな余計な重りが無ければ、私はもっと・・・。

でも、違う。私は確かに、自分にとって必要なことをちゃんと学んだ筈なのだ。

 

『自分に重りを付けたまま飛ぶのってさ、トレーニングみたいだね。

トレーニングが終わって、重りを外したら、どんなふうに飛べるんだろうね。

これからが楽しみだね。』

 

あぁ、そうか。トレーニング、か。

 

さっき自分が囚われていたと気が付いた時、

体が軽くなったように感じたアレは、重りが外れたようなものだったのだろう。

 

私はこれまで大切なことを学ぶために、自らに重りを付けて飛んでいた。

こんなふうに考えるのならば、

重りを付けて懸命に上を目指して飛んでいた日々は、

必ず今後の自分を助けてくれる経験となる筈だ。

やはり、人生の中には、無駄なことなど、ひとつもないのだろう。

 

『囚われることがいけないことじゃないの。

大切なのはね、囚われ続けてはいけないってこと。

囚われ続けていたんだって、気付かなくちゃいけないってことなの。』

 

夫の話はとても難しい。

なんだか頭が混乱しそうになりながらも、私の気持ちは晴れ晴れとしている。

 

真っ直ぐに続く一本道から見える景色が、

今日の私には、いつもよりも色鮮やかなものに見えたような気がした。

 

 

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