「ところで、マイナスのエネルギーの塊みたいな人たちは、今、どうしてるの?」
これは、密かにずっと疑問に思っていたことだった。
『多分、今もみんなで洗ってると思う。』
「え?マイナスのエネルギーって、洗えば落ちるの?」
『分からない。こんなことは初めてだから。』
マイナスのエネルギーの塊のようになって還って来た魂は、
ずっと俯いたままで、一言も言葉を発しないのだと言う。
『人間の言う言葉を発するとは違うけれど、
向こう側にも、意思の疎通の仕方があってさ。』
それは、昨夜、夫があの子に話していたようなテレパシーのようなものを指すらしい。
『でもさ、マイナスのエネルギーで還って来た魂は、
どの魂も皆同じで、何も話そうとしない。
だから、俺たちもどうしたら良いのか分からないんだけれど、
思い付いた方法が、プラスのエネルギーで洗うというやり方だった。』
夫が物質化される前までは、洗われている段階だったから、
それからどうなったのか、全く分からないのだそうだ。
「ねぇ、プラスのエネルギーを発生させて、向こう側を創ることが目的なら、
どうして人は、何も知らずに生まれて来るの?」
この世界にマイナスのエネルギーが存在することは理解出来た。
でも、プラスのエネルギーを発生させることが目的であるのなら、
生まれて来た目的を忘れなければ良いことではないのか。
そうすれば囚われ続けたまま人生を終える人など、誰もいない筈であり、
誰もがしっかりと人生を歩むことが出来るだろう。
その方が、たくさんのプラスのエネルギーを向こう側に送ることも出来ると思う。
全てを忘れて生まれるというのは、非常に効率が悪いのではないか。
こんな私の言葉に、夫は笑っていた。
『例えばさ、冒険が出来るアミューズメント施設に行ったとして、
入る前から攻略法が全部公開されていたら入りたい?
宝物が隠されている場所も公開されているし、
敵がどこに潜んでいるのかも公開されているの。
一見して近道に思える道には、途中に崖崩れがあって、それ以上は進めませんから、
遠回りで進んだ方が、実は早くゴールに辿り着けますよって、
入り口で、こんな説明までされちゃったとしたら、入りたい?
それと同じだと考えてみて?』
あぁ、確かに。
そんなアミューズメント施設があったとしたら、私は入らないだろう。
だってきっと、楽しくない。
『どうして、アミューズメント施設は攻略法を知らない方が楽しめるのに、
人生はそれじゃダメなの?』
夫の言葉に、思わずハッとさせられた。
確かに。確かにそうだ。
私はいつの頃からか、人生に対して、
効率ばかりを求めるようになっていたような気がする。
それは、なりたい自分という未来像があって、
この人生の中で、やりたいことがたくさんあるからなのだと、
ずっと思っていたけれど、よく考えたら、そうではないのかも知れない。
学校へ通うようになれば、やがて教わるのは、如何に効率的に勉強するかであり、
社会に出れば、効率的に仕事を進めることが求められた。
いつの間にか私は、自分自身に対する全て、
いや、もっといえば人生全てにおいて、
効率ばかりを求めるようになっていたのではいのか。
確かに、この世界には、時間というある種の縛りのようなものがある。
効率的に物事を進めることは大事だ。
でも、私は、人生の中には、無駄なことなどひとつもないと、頭では理解しながらも、
全てにおいて、効率的に物事を進めることが、正しい生き方であると、
根底の深い部分には、こんな考え方を持って生きていたのかも知れない。
これって・・・
これってさ・・・
ひとりでぶつぶつと呟きながら、やがて、知らなかった自分を見つけてしまった私は、
思わず大きな声を出してしまった。
「囚われていたってこと?」
夫は、隣で笑っている。
『人生の中には、本当に色々なことがあって面白いね。
人生は、とても長い冒険みたいだ。
これまで、当たり前だと思っていた自分の考え方に疑問を持てば、
そこに隠れていたのは、これまで知らなかった自分だったりしてさ。
そんな自分を見つけることは、宝物探しと似ているよね。
自分のことなのに、人は自分のことをまるで分かっていない。
知らないってさ、ワクワクするよね。』
私はこれまで、体の何処かに余計な力を入れて歩み続けていたのだろうか。
なんだか急に力が抜けて、体が軽くなったような、
不思議な気持ちが身体中を駆け巡った。
と、同時に、ふと、疑問が湧いた。
私がずっと無意識にも、囚われ続けていたとするのなら、
私はこれまでの間ずっと、マイナスのエネルギーを発生させていたのだろうか。
『いや。そんなことはないよ。
この世界は、白と黒だけに別れている訳じゃないからね。
この前はさ、極端な話を例に挙げたけれど、
厳密に言えば、プラスのエネルギーを発生させながら、囚われている人もいるよ。』
それは例えば、私みたいな人なのだと言う。
ただ、囚われている人とそうでない人とでは、大きな違いがあるのだそうだ。
『自分に翼があるとイメージしてみて欲しい。
プラスのエネルギーを発生させることは、
どこまでも高く上昇するようなイメージなんだよ。
囚われている人には、常に重りが付いているから、
上を目指して飛んでいても、なかなか上昇出来ない。
そして、疲れる。だって、余計な重りが付いているからね。
それに対して、囚われていない人はね、軽く上昇出来てしまうんだよ。
邪魔なものは、何も持っていないからね。』
故に、余計なものを持たずに、プラスのエネルギーを発生させられる人の方が、
より強いエネルギーを発することが出来るとも言える。
そして、囚われたままで、プラスのエネルギーを発することは、
弱いエネルギーしか発することが出来ないのだそうだ。
『疲れるのは、マイナスのエネルギーでもあるからさ。』
「じゃぁ、私は今まで、自分に重りを付けて飛んでいたってこと?」
『そうなるね。』
「最悪じゃないの!!」
『どうして?』
「えっと・・・だって。」
効率が悪いと思ってしまった。
だって、そんな余計な重りが無ければ、私はもっと・・・。
でも、違う。私は確かに、自分にとって必要なことをちゃんと学んだ筈なのだ。
『自分に重りを付けたまま飛ぶのってさ、トレーニングみたいだね。
トレーニングが終わって、重りを外したら、どんなふうに飛べるんだろうね。
これからが楽しみだね。』
あぁ、そうか。トレーニング、か。
さっき自分が囚われていたと気が付いた時、
体が軽くなったように感じたアレは、重りが外れたようなものだったのだろう。
私はこれまで大切なことを学ぶために、自らに重りを付けて飛んでいた。
こんなふうに考えるのならば、
重りを付けて懸命に上を目指して飛んでいた日々は、
必ず今後の自分を助けてくれる経験となる筈だ。
やはり、人生の中には、無駄なことなど、ひとつもないのだろう。
『囚われることがいけないことじゃないの。
大切なのはね、囚われ続けてはいけないってこと。
囚われ続けていたんだって、気付かなくちゃいけないってことなの。』
夫の話はとても難しい。
なんだか頭が混乱しそうになりながらも、私の気持ちは晴れ晴れとしている。
真っ直ぐに続く一本道から見える景色が、
今日の私には、いつもよりも色鮮やかなものに見えたような気がした。