拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。    <夫と死別したemiのブログ>

亡き夫と過ごした7日間 15

長い散歩から帰って来た私は、早速、キッチンへと立つことにした。

辺りは少しずつ、暗くなり始めている。

 

「今日のご飯は何?」

 

キッチンに立てば聞こえて来るのは、こんなあの子の声だ。

 

今夜は、唐揚げを作ることに決めていた。

実は、昨日のうちに下ごしらえをしておいたのだ。

 

私が答える前に、冷蔵庫を確認したあの子から歓声が上がる。

 

「唐揚げ?唐揚げでしょう?やった!」

 

唐揚げは、あの子の大好物なのだ。

唐揚げの日は、必ずあの子は、こんなふうに喜んでくれる。

 

かつては、私の日常生活の一部にあった筈のあの子の笑顔が、

今の私には、余計に愛おしく感じられる。

それと同時に、時々、考えてしまうのだ。

此処から巣立ったあの子に、私はあと何度くらい、

こうして唐揚げを作ってあげることが出来るのだろうかと。

 

そうして、我が家では、あの子が帰省する度に、

唐揚げを作ることが、恒例ともなって行った。

 

あの子が帰省する度に、唐揚げを作るのが恒例であるならば、

唐揚げが揚がる頃になると、

すぐ側に爪楊枝を持ったあの子がスタンバイするのもまた、我が家の恒例とも呼べる。

今日も例外なく、あの子がキッチンへとやって来た。

 

「美味しそうに揚がってるねぇ。」

 

今日のあの子は、爪楊枝を2本持っている。

早速、揚がったばかりの唐揚げに爪楊枝を刺すと、1本を夫に渡していた。

 

夫は、食べることは出来ないけれど、

それでも、あの子が渡した唐揚げを嬉しそうに受け取って、香りを楽しんでいる。

やがて、あの子の口に唐揚げを運んで、あの子に食べさせると、

楽しそうに笑っていた。

 

夫はもう、食べることも、飲むことも出来ない。

それなのに、こんな2人を見ていると、つい気持ちが揺らいでしまう。

 

もしもこのまま、家族3人で暮らすことが出来たのなら、

夫が亡くなってしまってからの10年間に得る筈だった大切なものを、

取り戻すことが出来るのではないかと、こんな考えが頭を過ってしまう。

 

分かってる。夫の生は、もう此処にはない。

あの子にはあの子が歩むべき道があり、私にもまた、それがある。

全部、分かってる。

 

分かっているのに、どうしてこんなにも、胸が痛むのだろう。

どうして、何度も、何度も、色々な方向に気持ちが揺らいでしまうのだろう。

 

私は、ちゃんと決めた筈だ。

 

心の形を整えるかのように大きく深呼吸をすれば、

いつの間にか、2人がすぐ側に立っていて、

唐揚げをとても褒めてくれた。凄く美味しいと。

ご飯の時間が楽しみだと、2人は笑っている。

 

あぁ、そっか。私は今、とても幸せなんだ。

時間を止めておきたいと思ってしまうくらいに、私は今、幸せの時間の中にいるのだ。

 

今、目の前にある笑顔に笑い返せば、ふっと力が抜けた。

 

私は、大切な瞬間ばかりが散りばめられたこの時間の中を、

大切に、大切に過ごして行けばいい。

 

夫にとっての前が何処で、

あの子にとっての前が何処で、

自分にとっての前が何処であるのか、

私は全部、ちゃんと分かっているのだから。

 

 

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