チーーーン
今朝も元気におりんを鳴らすのは、あの子でも、私でもなく、夫だ。
あれからの毎朝、夫は、何故か自分の仏壇に、手を合わせている。
「ねぇ、なんで、自分の仏壇に手を合わせるの?」
こんなふうに聞いてみたのは、夫と再会した翌朝のことだった。
あの時の夫からの返答は、ここに仏壇があるから、というものだった。
夫には申し訳ないけれど、毎朝、夫がおりんを鳴らす度に、
どうしても笑ってしまう。
いや。正確には、笑わない努力をするのに、必死になってしまう。
だって、自分の仏壇に手を合わせる人なんていないよ?
いや。普通は出来ないとも言うけれど。
毎朝、毎朝、真面目な顔をして、
自分の仏壇に手を合わせるという夫のこの姿が、
どうしてもツボに入ってしまうのだ。
こうして毎朝、笑いを堪えるのに必死なのは、私だけではない。
あの子もまた、笑いを堪えるのに必死になっている。
どう考えても、遠慮なく笑うのは、失礼だ。
それなのに、笑ってしまう。
夫が此処に帰って来てからというもの、
何かの罰ゲームのような毎朝を過ごしているようにも思える。
けれど、こんな朝が、私はなんだかとても楽しい。
さて、今日の私は、笑いを堪えながらも、慌ただしく朝を過ごしている。
今日は、出掛けなければならないのだ。
実は、夫が帰って来るという通常であればあり得ない出来事と遭遇した私は、
夫との時間を過ごすために暫くの予定を片っ端からキャンセルした。
でも、今日だけは、どうしても空けることが出来なかったのだ。
今日は、あの子と一緒に仕事をするのだと、夫は嬉しそうにしていた。
此処へ帰って来たあの子は、在宅で仕事を進めている。
そんなあの子へ夫が手伝いたいと申し出たのだ。
「マジで?凄く嬉しい!」
あの子もまた、夫とのそんな時間をとても楽しみしていた。
夫とあの子は、同業だ。
いや。夫は元同業と言うべきだろうか。
この世界から去ってからの10年程、夫は仕事から離れている。
とは言え、夫の中にはこの世界で積み重ねた経験と知識が確かにあるのだ。
あの子にとっては、
夫独自の視点から集めたものを分けて貰える時間ともなるだろう。
そう考えてみれば、
今日の予定がキャンセル出来なくて、返って良かったのかも知れないと、
出掛ける直前になって、私は今日の予定に感謝した。
今日は、父子だけの時間を楽しんで欲しい。