拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。    <夫と死別したemiのブログ>

亡き夫と過ごした7日間 17

日が暮れて、辺りが暗くなる頃に、漸く家へと帰ることが出来た。

 

『ここをこんなふうにすると、ほら、こうなるんだよね。』

 

「あぁ!そんなやり方もあるのか!マジでお父さんって凄いわ。」

 

ただいまの声を掛けるのを辞めて、部屋の入り口から、

2人の様子を暫く見つめていた。

 

2人並んでパソコンに向き合う夫と息子。

本当なら、見ることが出来なかった景色をこの目に焼き付けておきたかった。

 

お父さんみたいな大人になりたい。

あの子がこんな将来の夢を持ったのは、高校生の頃のことだった。

あれから、専門学校へと進み、しっかりと勉強をして、

やがて、ここで働きたいと思える会社と出会って、

無事にその会社への就職が決まった。

 

此処から遠くへと巣立って行ったあの子が、

日々、どんなふうに歩んでいるのかを私は知らない。

 

時には、父親の姿を思い出す日もあっただろう。

時には、父親の意見を聞いたみたいと考えた日もあったのかも知れない。

 

あの子は今、どんな気持ちで、父親の隣に並んでいるのだろう。

楽しそうにしている2人を見つめながら、なんだか胸が熱くなる。

 

もう少しだけ、ここから静かに2人の時間を見つめていたかったけれど、

夫に見つかってしまった。

 

『おかえり。』

 

夫の声に顔を上げたあの子は、いつからそこにいたの?と笑っている。

 

そうして私が部屋へと入り、荷物を下ろせば、

今日の2人がどんな仕事をしていたのかを、話して聞かせてくれた。

 

2人で進めた仕事は、ハイスピードで進んで行き、

本来なら、数日掛けて終える筈の仕事が1日で終わってしまったのだと、

あの子はとても嬉しそうだった。

そして、今日1日で、あの子は夫から様々なことを教わったのだそうだ。

 

「やっぱりお父さんは凄いよ。」

 

こんなあの子の言葉に、夫は少しだけ照れながらも、とても嬉しそうにしていた。

今日の2人は、とても良い時間を過ごせたに違いない。

 

やがて私の耳に届いたのは、イテッ!という夫の声だ。

 

私が晩ご飯の支度をしている間に始まったのは、夫とあの子の戦いごっこだ。

イテッ!

笑い声に混じって、時々こんな声が聞こえる。

 

こんな2人の声を聞きながら、晩御飯の支度をするのが、

思えばあの頃の私の日常だった。

 

『いたーい!あの子に蹴られた!

いつの間にあの子はこんなに凶暴になっちゃったの?』

 

あの子から逃げて来た夫は、そう言いながら私の背中の後ろに隠れている。

勿論、冗談だ。

 

そうだった。

夫はいつもこうやって、負けを認める代わりに、私に助けを求めて来るのだ。

 

戦いごっこを仕掛けるのは、大体いつも夫からでありながら、

最後は負けを認めて私の後ろに隠れる。

我が家の男同士の戦いは、いつもこんなふうに終わりを迎える。

 

あの頃との大きな違いは、あの子が本気で夫を攻撃していない点だ。

 

幼かったあの子は、夫に対して一切の手加減をしなかった。

あの頃のあの子にとって、父親とは、最も強い存在であり、

どんなに力任せに攻撃しようとも敵う相手ではなかったのだと思う。

でも、今のあの子は、ちゃんと手加減をしていることが見て取れた。

 

数年前から体を鍛えるようになった今のあの子は、夫よりも逞しい姿となった。

あの子が本気で夫を攻撃したのなら、夫は吹き飛ばされるのかも知れない。

 

これが、あれから10年という年月が流れることであり、

我が子が大人になるということなのかも知れない。

 

『いやぁ、強くなったな。』

 

夫はそう言って、とても嬉しそうに笑っている。

 

『身長も、体格も、俺を超えてくれたことが嬉しい。

あんなに小さかったのにな。大きくなったんだな。』

 

あの子を見つめた夫の横顔は、私がよく知る父親としての顔だった。

そう。夫は、こんな顔で、いつもあの子の成長を見守っていたんだった。

 

『よし!今度は腕相撲をしようよ!』

 

夫は、今度は負けないとばかりにあの子に腕相撲を申し込みに行ったのだか、

やはり夫は負けていた。

 

かなりの僅差であったのは、

夫には腕相撲のテクニックがあったからなのかも知れない。

それでも、夫は最後には力尽きて、あの子の勝ちとなった。

 

「さぁ!お父さん!俺の筋肉を見るんだ!これに敵うと思ったのか!」

 

悔しがる夫へあの子からの突然の筋肉自慢と挑発により、

今度は2人で筋トレが始まってしまった。

 

親子と呼ぶよりも兄弟のような、

そしてどこか友達のような2人を見つめながら作った晩御飯は、

いつもよりも時間が掛かってしまったけれど、

私にとってのその時間は、いつもよりも楽しい時間となった。

 

 

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