「いやーでも、俺、同じ人生をもう一回生きるのは嫌だな。」
パソコンから顔を上げたあの子は、この人生は一回で良いし、
他の人生も全部、一回ずつで良いと笑っている。
うん。私も嫌だ。この人生をもう一度生きるとか、絶対に考えられない。
もう、二度とごめんだ。
そして、別な人生も、一回ずつで良い。あの子と全くの同意見だ。
こんな私たちの声に夫は言った。
それなら、幸せに生きることだよ、と。
「でもさ、幸せに生きるって、具体的には、どういうことなの?
夢とか目標を持つってこと?」
これはあの子の声だ。
あの子も私も、この人生の中でのやりたいことがあるから、
歩みたい道が明確に自分の目の前にある。
でも、そんなふうに明確な道を見つけられていない人だっているよねと、
こんな言葉と共に、あの子の友達の話をしてくれた。
「俺の友達にさ、何もしたくない友達がいてさ。
寝るのがとにかく好きなの。家にいる時は大体、寝ていてさ。
出来れば、何もしないで生きたいって考え方なんだ。」
その友達も、自分の夢とか目標を持つべきなのかと、
こんなあの子の声に、夫は笑っている。
『その子は、ちゃんと言ってるじゃん。自分のやりたいこと。
何もしないで生きるがその子の目標なんだよ。それだって、立派な目標なんだよ。』
あぁ、そういうことなんだ。思わず、あの子と2人で頷けば、
夫が聞かせてくれたのは、人が持つ夢や目標の話だった。
『人はね、絶対に、夢とか目標を持って生まれて来るんだよ。
それを持っているから、人に生まれるとも言える。
夢や目標を叶えようとする時に発するエネルギーはね、とても強いんだよ。
勿論、それを手にした時は、更に強いプラスのエネルギーを発する。
それを分かっているから、必ず、何かしらの目標を持って人は生まれて来るの。』
「それは、向こう側を創るためよね?」
こんな私の言葉に夫は頷く。
『そうだよ。そして、自分自身を成長させるために。』
そして、夢や目標の大きさに、大きいも小さいもないのだと夫は言った。
例えば、世界一の何かになりたいという目標を持った人と、
何もしないで、ただのんびり生きたいという目標を持った人がいるとするのなら、
それはどちらも同じなのだそうだ。
本人にとって叶えたい方向へ進んだ時、
そして、その目標を叶えた時、どちらも、
同じくらいのプラスのエネルギーを発生させているのだと言う。
『夢や目標に、どちらが大きくてどちらが小さいなんてことはない。
でもその代わりに、どちらの目標も、同じくらいに、叶えるのは簡単じゃない。』
だから、自分の人生にしっかりと向き合わなければ簡単に見失ってしまう。
夫の話を聞きながら、ふと、私の中へと蘇ったのは、いつかの誰かの言葉だった。
自分には、夢とか目標なんて何もない。
やりたいことがあって、羨ましい。
思えば以前、私は人からこんなことを言われたことがあった。
『あぁ、それね。よくある勘違いだよね。
あなたの夢は?って聞かれると、
何か大きなことを掲げなくちゃいけないような気がしてしまうのかも知れないね。
毎日、犬と遊んで暮らしたい、とか、毎日、テレビだけを観ていたい、とか、
絶対に何かある筈なんだけどね。』
けれど人は、こうしたいと思うものが実は根底にありながら、
【でも】が付くのだと夫は言った。
これをやりたいけれど【でも】、こんなふうになりたいけど【でも】と、
自分の中で制限を掛けている人も多いのだそうだ。
『この世界にはね、
何もしないで毎日のんびり暮らしている人だっているし、
眠るのが大好きで、1日の大半を寝室で過ごす人だっている。
【でも】なんて、ただの幻想なんだよ。』
夫は、一息吐くと、俺は今、凄く極端な話をしたけれどと前置きをしてから、
とある魂の生き方を話してくれた。